ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、ドイツの虚偽ニュースに対する厳罰化について解説する。
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ドイツのネット対策が風雲急を告げている。
昨年12月16日、独シュピーゲル誌や英フィナンシャル・タイムズ紙が、ソーシャルメディア運営業者による虚偽ニュースやヘイトスピーチを24時間以内に削除できなかった場合、1件につき最大50万ユーロ(約6130万円)の罰金を科す法案をドイツ連立与党が検討していることを報じた。
欧州委員会やドイツ政府はここ1年ほどフェイスブック、ツイッター、グーグル、マイクロソフトといった大手IT企業に実効性の高いヘイトスピーチ対策を求めてきた。その結果、4社が運営するソーシャルメディア上に投稿されたヘイトスピーチは「通報から24時間以内に審査し、削除する」という合意が昨年5月に交わされている。
欧州委員会とIT企業の合意は、これまで主にヘイトスピーチ対策に関するものに限定されていたが、ドイツ政府はそれに追加する形でソーシャルメディア上で流通する虚偽ニュースについても24時間以内に削除しなければ罰金を科すという強い姿勢を示しているのだ。
メルケル首相率いる与党・ドイツキリスト教民主同盟(CDU)のフォルカー・カウダー議員は、昨年末から今年にかけて、複数のメディアからのインタビューで虚偽ニュースと戦っていく方向を打ち出した。2017年頭のドイツ連邦議会で審議する方針を示している。
さらには、虚偽ニュースの拡散に利用されるソーシャルメディアを運営するIT企業だけでなく、そもそもの虚偽ニュースを作成したり、それを拡散させたりする人たちについても規制すべきだ、という議論も上ってきている。
CDUのパトリック・ゼンスブルク議員は「虚偽ニュースの作成や、虚偽ニュースサイトの運営を違法化、犯罪化することも検討すべきだ」と話しており、議会の審議状況によってはそうした規制まで一気に進む可能性も見えてきた。
背景には今秋のドイツ連邦議会選挙がある。英国のEU離脱決定やトランプ次期大統領を生んだ米大統領選で、虚偽ニュースの拡散が国民投票や選挙の結果に影響を与えた可能性を重く見た彼らは、虚偽ニュースの拡散を抑え込む必要に迫られているのだ。
より具体的に言えば、ドイツで急速に得票数を伸ばしている極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)が、英国のEU離脱派やトランプ支持者たちが行った虚偽ニュースを利用したキャンペーンで票を伸ばすことを懸念しているということだ。彼らには急ぐ理由がある。
虚偽ニュースの定番は、移民や難民に対する憎悪をかき立てる事実に基づかないデマであり、ヘイトスピーチと虚偽ニュースはそもそも地続きの話。全世界に先んじて虚偽ニュースの作成や流通を犯罪化させようとしているドイツの取り組みに注目したい。
※週刊朝日 2017年1月27日号