「安倍政権は国を売るつもりか!」
ある農協の幹部は、こみ上げる怒りを抑えることができなかった。
今月5日、5年半にわたって続けられていたTPP(環太平洋経済連携協定)交渉が、米アトランタでの閣僚会合で大筋合意した。怒りの原因は説明するまでもないだろう。自民党は、2012年の衆院選で「聖域なき関税撤廃を前提とする限り交渉参加に反対」と公約して選挙に勝利し、政権に返り咲いた。それが一転して、安倍首相は翌13年7月にTPP交渉に参加。さらに、自ら「聖域」と言っていたコメ、麦、牛肉・豚肉などの重要5品目について、次々と譲歩してしまったのだ。
ある自民党議員も、交渉結果を知って嘆いている。
「安保法制とTPPは、軍事面と経済面で米国との結びつきを強めるという意味で表裏一体だった。これで日本は、米国の意向に従うだけのポチになった」
交渉結果への不満からか、普段は表では言えないドギツイ言葉が次々に出てくる。これが「安倍一強」と呼ばれる自民党の内実だ。
にもかかわらず、安倍首相に悪びれる様子はない。6日の記者会見では、「厳しい交渉の中で国益にかなう最善の結果を得ることができた」と自画自賛し、「TPPは私たちの生活を豊かにする」と断言した。
日本政府はどこまで本気の交渉をしたのか。実は、そこが疑わしいのだ。農林水産省の関係者は、こう証言する。
「日本の交渉関係者は、アトランタに行く前から『形だけでも合意する』と話していた。アベノミクスの失敗が見えてきたなかで、TPPで国民の目をそらしたかったのだろう」
7月末のハワイで会合が不調となり、一時は交渉の“漂流”が現実味を帯びていた。それが交渉妥結に向けて閣僚会合が再開されたのは、先月30日(現地時間)。当初は2日間の予定だったが、各国の交渉が難航して3度の延長がなされた。結局、大筋合意は5日朝(同)。ところが、各国がギリギリの徹夜交渉を続けるなか、日本の交渉団は蚊帳の外に置かれていた。
現地で各国政府の動向を取材していたNPO法人「アジア太平洋資料センター」の内田聖子事務局長は言う。
「交渉が難航した理由の一つは、医薬品のデータ保護期間をめぐって、長期間の保護を求める米国と、より短い期間を求めるオーストラリアが激しく対立していたからです。それが、日本は早々と譲歩してしまったので、途中からやることがなく、交渉の経過を待っていることが多かった」