エステーが販売する消臭芳香剤「消臭ポット」。この大ヒット商品の誕生の裏には、トップによる「逆転の発想」があった。エステー代表執行役会長の鈴木喬氏がビジネスの荒波をくぐり、培ってきた感覚と経験則。それは、先の見えにくい現代を生きる私たちにとっても、多くの示唆に富んでいる。
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みんなが行くほうには行かない、というのが僕の考え方の根底にあります。もしみんなが同じ方向を向いているなら、むしろ大きなチャンスだと考えます。
僕が社長になった98年ごろ、小売店の消臭芳香剤の棚を見ると、何だか堅苦しいデザインの商品ばかり並んでいました。当時はそれが「常識」。でも思ったんです。女性が手に取りたいと思う商品がないな、じゃあ逆にかわいらしい商品を置いたらどうだろうって。
そうして作ったのが、99年発売の「消臭ポット」です。きれいなゼリー状の消臭剤を社員に開発させて、僕がネーミングしました。当時、消臭芳香剤は5年で1千万個売れればヒットとみられていたのを、1年で1千万個売り上げました。
この「消臭ポット」には社運がかかっていました。僕が社長に就任したとき、エステーは経営危機のさなか。そこで僕は、年間で60個の新商品を出していたのを一つにした。それが「消臭ポット」でした。社内からは「一つにして失敗したら終わりだ」などと文句も出た。ただ、会社を立て直すには、経営資源を集中投下してナンバーワンの商品を作るしかなかった。それまでと同じものを作っていたのでは、ナンバーワンにはなれなかったでしょう。
2000年に発売した冷蔵庫の脱臭剤「脱臭炭」も一緒です。脱臭効果が高い炭を使うので、商品の色のベースは黒。すると社内や小売店から「冷蔵庫に黒は合わない」と反対されました。ライバル商品はみんな、明るめの色でしたから。
でも僕は自信があったんですよ。あえて黒いゼリー状の脱臭剤が外から見えるパッケージにして、使っていくとそのゼリーが小さくなっていくのがわかるようにした。消えてなくなる過程が心理的な満足感を生む。これもヒットし、今では国内で70%のシェア、海外ではウォルマート約3800店にも置いています。
逆張りといっても、むやみやたらにするわけではありません。「ブームを待ち伏せする」という感覚に近いですね。次はこうなる、と物事を長いスパンで考えていくと、結果的に逆張りになることが多いのです。
最近の仕事で気になるのは、みんなが市場調査やマーケティングを重視しすぎること。それって、質問項目をいじったらいくらでも結果が変わるでしょう? やはり重要な決断をする際には、目で見て、感じて、自分の頭で考えなければ。
たぶん、亡くなったアップルのスティーブ・ジョブズは市場調査なんてやっていなかったと思う。まだ世に出ていないiPodの調査なんてできないでしょう。自分の感覚を信じてものを作るから、イノベーションになるんですよ。
こんな僕の天の邪鬼な性格は、子どものころの経験も影響しています。僕が10歳のときに日本は戦争に負けました。玉音放送が流れたとき、戦争に勝ったと思ったけど違った。そして、それまで教わったことはすべて間違いだと言われた。それからです、人の言うことを鵜呑みにしたらダメだと思ったのは。
特に若い人たちには、周りと同じ道を行くのでなく、誰もやっていないベンチャービジネスに挑んでほしいですね。見ていると、少しまじめすぎる気がします。一度失敗したって生きていく道はたくさんある。何度も失敗している僕が言うんですから、大丈夫です。
※週刊朝日 2013年9月13日号