古俣:部活にも入らず、悪友とつるむ毎日でした。繁華街を徘徊(はいかい)したりパチンコしたりナンパしたりとズルズル。あの頃、一番の不良がチーマーなら、僕はその次くらい。めでたく補導もされましたし。

高濱:でも若いうちに1回ズレるというのもいいよね。スーッと順調にいって大人になってからつまずくほうがこわいでしょう。それにナンパの経験ってすごく大切だと思うんだけど(笑い)。

古俣:まあ確かに。何者でもない自分がダメもとで知らない相手に声をかける。まさに飛び込み営業みたいなもんですからね。

高濱:そうそう。成功しなくたっていいんだよ。失敗するほうが得るものが大きいんだから。僕がいつも言っている“生きる力”を鍛えるには、絶好の場だと思うよ。そうやってやんちゃする毎日は楽しかった?

古俣:いや、全然。ナンパはともかく(笑い)、楽しくないのにやってるから、さらにタチが悪いんです。思うに、高校時代は子どもの頃のように没頭できるものがなかった。だから、もんもんとしながらダラダラしてたってわけです。

高濱:転機はいつだったの?

古俣:2回目の1年生の夏に、父の妹が移住していたイスラエルに行ったことです。僕にとって初めての海外でした。

高濱:初海外がイスラエルとは! 相当カルチャーショックを受けたのでは?

古俣:衝撃の連続でした。国境に要塞(ようさい)のある国、紛争もある、宗教もすごい重みでのしかかってくる、でもハイテク度は素晴らしい。それが世界のリアルなんだと肌にビリビリきました。同時に、世界は可能性に満ち満ちていると。しかもそのとき父から渡された孫正義さんの自伝を読んでいて、自分と同じ年頃になんてエキサイテイングな人生を送っていたのかと、これまた大ショック。自分もこんなふうに生きてみたいと心底思いました。インターネットが普及してきた時期でもあり、真剣に起業を考え始めたんです。

高濱:どこかに勤めるのではなく、最初から起業を考えたんだ。

古俣:勤めるという発想はなかったです。うちは両親ともに自営だったせいか、小さい頃から家庭の会話もすべて商売のようだったんですよ(笑)。家族でラーメン屋に行っても、客数、回転率、客単価を類推して、これなら月の売り上げは、純益はっていう話になるんですもん。

高濱:サラリーマン家庭ではあり得ないね。自営ならではのDNAと環境で育まれた、ある意味、自営の英才教育だ。だから何度も起業できたんだね。

※『AERA with Kids冬号』より抜粋

AERA with Kids (アエラ ウィズ キッズ) 2017年 01 月号 [雑誌]

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AERA dot.編集部
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