科学は再現性を重視する。同じ条件で実験すれば、同じ結果が得られるということだ。でも、一つしかない地球で実際の実験をすることはできない。このため、かつては「コンピューター予測は(競馬の)予想屋と同じ」と皮肉る人もいたという。地球のように大きくて複雑なシステムにも物理の法則は適用されると信じる真鍋さんは、88年にアメリカ連邦議会上院であった公聴会で、ほかの研究者とともに地球温暖化の脅威を訴えた。同じ年に設立された世界の科学者が集まって最新の温暖化の科学を評価する「国連気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)にも参加した。
真鍋さんの研究は、IPCCが数年に1度公表する評価報告書の中でも重視されており、2021年8月に公表された最新の報告書にも複数の論文が引用されている。最新報告書では、大気中のCO2が2倍になると、地球の平均気温が約3度上昇すると指摘したが、真鍋さんが50年以上前に予測した約2・3度がほぼ正しかったことを示した。ただ、それは温暖化の脅威が増していることを示している。朝日新聞の取材に真鍋さんは、「最近は干ばつや洪水が増えている。これは1980年代に私たちの(計算)モデルで示したことと同じ。モデルが現実になりつつある」と話した。
真鍋さんの受賞は「頭脳流出」という面でも注目を集めた。真鍋さんは97年に一時帰国して、科学技術庁(当時)が発足させた研究チームのリーダーを務めた。このときは、アメリカから日本への「頭脳流出」と話題になった。だが、2001年には再びアメリカへ。今度は日本からアメリカへの「頭脳流出」といわれた。
受賞決定後、日本へのメッセージを聞かれた真鍋さんは「政府の政策に、いろんな分野の専門家の意見が、どのように伝わって政治家にまであがっているのか。政治に対するアドバイスのシステムが、日本は難しい問題がいっぱいあると思うんですよ」と答えた。プリンストン大学で開かれた記者会見では「日本の研究は好奇心に基づくものがどんどん少なくなっていっているように思う」「アメリカで暮らすって、素晴らしいことですよ。私のような科学者が、研究でやりたいことを何でもやることができる」「私は人生で一度も、研究計画書を書いたことがありません」「私は調和の中で生きることができません。それが、日本に帰りたくない理由の一つなんです」と語った。重く受け止めるべき言葉だ。
(朝日新聞編集委員・石井徹)
※月刊ジュニアエラ 2021年12月号より
朝日新聞出版