荒川選手は東京五輪アジア・オセアニア大陸予選で優勝するなど、国内外の大きな大会で好記録を出し続け、オリンピック代表選考において世界最高水準記録をもとに比較、選考が行われた結果、日本代表の座を勝ちとった。男子シングルスカル種目では25年ぶりのオリンピック出場となった。

 なぜ、ボートだったのだろうか。荒川選手に話をうかがうため、埼玉県戸田市のNTT東日本漕艇部艇庫をたずねた。

「一橋大に入ったころ、体育会バスケットボール部かバスケットボールのサークルか、どちらに入ろうか悩んでいたとき、ボート部(端艇部)の勧誘につかまりました。部のブースで説明を受け、ボート部のPVを観たのですが、これがかっこいい映像で、感情に訴えかけてくるものがたくさんあったのです。感動で押し切られる内容で、これならできると思った。そして大学日本一を狙えるというところに大きな魅力を感じ、やる気になりました」

 聖光学院に通っていたころ、バスケットボール部は大学受験のため2年の冬に引退した。一橋大端艇部に入部して本格的に身体を動かすまで、1年以上のブランクがあった。

「入部当初はあまり自信がなかったのですが、深いことを何も考えず練習に取り組みました。1年次は国立キャンパスで走ったり、腕立て伏せをしたり、体力づくりの基礎練習を繰り返し、週末などに戸田のボート練習場でボートに乗ります。部員がたくさんいるのでの競争は厳しく、練習はきつかった。はじめは下手くそだったけれど、だんだん形になっていく。それが楽しかったですね」

 一橋大端艇部には高校時代からのボート経験者はほとんどいないため、1年は初心者ばかり。荒川選手は身長185センチメートルのがっしりした体型を生かし、部内ですぐに頭角を現した。入部して4カ月後の8月、1年ながらレースに出場している。2年、3年に進むと、荒川選手は突出したパフォーマンスを見せるようになり、日本を代表する選手にまで成長した。一橋大は強豪チームであり、そのなかの中心選手として注目されるようになった。

NEXTリオ代表を逃した悔しさが、東京五輪を目指す原動力に
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