では、紀伊半島のなかで、奈良公園のシカにはどんな特徴があるのか。さらに詳しい解析を進めた結果、紀伊半島のシカの遺伝子の特徴は大きく三つあり、これを仮に赤、青、緑としたとき、西部には緑、東部には青の要素をもつ個体が多く、中央部では緑と青の要素が混ざり合っていた(グラフ参照)。ところが、奈良公園のシカはほぼ赤一色で、ほかのグループと混ざっていない。これは、奈良公園のシカがかなり前から緑や青のグループと切り離され、独自のグループとして、その中でだけ子どもを産み育ててきたことを示している。
約1400年前、農地化と保護で奈良公園のシカは独自の集団に
共同研究チームはさらに、三つのグループがいつごろ形成されたのかをシミュレーション(コンピューター上で実験すること)してみた。その結果をまとめたのが、「紀伊半島のニホンジカの歴史」の図(下記画像)だ。
図を見ると、人間の歴史とシカの歴史が関連していることが浮かび上がる。現在の奈良公園付近のシカが紀伊半島全域のシカと分断されたのはおよそ1400年前の古墳時代~奈良時代。農業が発達し、奈良に平城京ができるなどした時代で、こうした活動によりシカのすみかである森林が減り、分断につながったと考えられる。紀伊半島全体でシカのグループがさらに分かれたのはおよそ500年前。戦国時代の激しい戦乱が、シカの分断に影響したと考えられる。
今回の研究について、福島大学准教授の兼子伸吾さんはこう感想を述べる。
「陸続きの紀伊半島で、シカの集団がこれほど遺伝的に違っているのは意外な結果です。そこに人間が関わっていることのもつ意味は大きいと思います」
中心になって研究を進めた福島大学特任助教の高木俊人さんは、奈良公園のシカには大きな特徴があると指摘する。
「シカは移動距離が長く、繁殖期には100キロメートルも移動するといわれています。なのに、奈良公園という狭いエリアで集団の独自性が守られているのは、ほかにはない珍しい事例といえます」
シカは近年、全国各地で急速に増え続け、農作物を食べるなどの被害も報告されている。今後、人間は野生動物とどう関わるべきなのか。奈良公園のシカの研究は、そのためのヒントも与えてくれそうだ。
(取材・文/上浪春海)
朝日新聞出版