難民キャンプで教室となっていたテントから外をのぞく子ども。教育継続も大きな課題となっている(撮影/佐藤慧)
難民キャンプで教室となっていたテントから外をのぞく子ども。教育継続も大きな課題となっている(撮影/佐藤慧)

 イラク戦争から今年で20年。国境を越えて戦禍に巻き込まれてきたクルド人の今を、フォトジャーナリスト佐藤慧が報告する。AERA 2023年5月22日号より紹介する。

【写真】ISとの戦闘で命を落とした戦闘員の家族が新年の墓参りを行っていた

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「昔は人前で新年を祝うこともできなかった」

 と語るのは、中東のシリア北東部で伝統織物を織り続けるクルド人女性、サフィアさんだ。長らくシリア政府により禁じられてきたクルドの新年、「ネウロズ」を、1980年代に初めて公で祝ったときのことを、目を輝かせながら聞かせてくれた。

「それまでは家の中でひっそりと祝っていました。カーテンを閉め、明かりが漏れないように火を焚(た)くのです」

ISとの戦闘で命を落とした戦闘員の家族が新年の墓参りを行っていた(撮影/佐藤慧)
ISとの戦闘で命を落とした戦闘員の家族が新年の墓参りを行っていた(撮影/佐藤慧)

 新年のお祝いでは、古代から「火」がその象徴となってきた。その起源については諸説あるが、紀元前に、民衆を苦しめる残虐な支配者を倒した際に、勝利の知らせとして火を焚いたことが始まりともいわれている。

 神聖な火と共に新年を迎えるクルドの人々だが、その歴史を振り返ると、「戦火」というおぞましい炎に焼かれ続けてきた。

■市民への弾圧も続く

 近代史を振り返るだけでも、その傷跡はおびただしい。第1次大戦によるオスマン帝国の崩壊後、大国による新世界秩序の青写真が描かれた。同地に眠る膨大な地下資源をめぐり、恣意(しい)的な国境線がひかれ、クルド人の居住地域はトルコ・シリア・イラク・イランなどに分断される。イラン・イラク戦争、湾岸戦争、イラク戦争、そしてIS(いわゆる武装勢力“イスラム国”)を中心とした武装勢力の勃興──。歴史に翻弄され続けてきたクルドの人々にとって、戦争とは日常の傍らにあるものだった。

新年は家族や友人と一緒に山や森、草原で過ごすのが伝統。それぞれこの日のために着飾ってくる(撮影/佐藤慧)
新年は家族や友人と一緒に山や森、草原で過ごすのが伝統。それぞれこの日のために着飾ってくる(撮影/佐藤慧)

 シリアでは2011年から混乱が続き、現在も、政権やその後ろ盾になっているロシアによる市民への弾圧は続いている。北部では実質的にクルド人勢力の「自治区」が築かれ、米国はIS掃討作戦の中でクルド人部隊との連携を続けてきた。

 今回訪れたシリア北部の街、コバニは、15年、ISとの激しい戦闘をきっかけに世界に知られるようになった街だ。街はずれには無数の墓石が並んでいる。

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