哲学者 内田樹
哲学者 内田樹

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

*  *  *

 9月19日毎日新聞発表の世論調査では内閣支持率は29%、不支持率は64%。もはや「政権末期」の数字である。なぜ岸田内閣は国民の信をこれほど急に失ったのか。「してはいけないことをした」というよりは「すべきことをしなかった」せいだと私は思っている。

 法的根拠のない安倍元首相の国葬開催を国会の審議を経ず決定したことで一気に支持率は下がった。でも、国民はこのルール違反を咎(とが)めたわけではないと思う。政府の「ルール違反」はこの10年もう日常化していたし、それは安倍時代には内閣支持率に影響しなかったからである。

 法的根拠のない「超法規的措置」を内閣が断行するということはある。かつて福田赳夫首相はダッカ事件に際して、人質をとった日本赤軍の要求に応じて、獄中の赤軍メンバーを釈放するという超法規的措置を採った。首相はこの時「人命は地球より重い」という言葉でこの政治判断への理解を国民に求めた。私たちの世代の多くは半世紀近くを経た今でも「超法規的措置を正当化するためには、それなりの重さのある言葉が要る」という教訓と併せてこの言葉を記憶している。

著者プロフィールを見る
内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

内田樹の記事一覧はこちら
次のページ