佐藤優(さとう・まさる、左):1960年、東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。近著に『池田大作研究』『悪の処世術』『「悪」の進化論』『還暦からの人生戦略』など/池上彰(いけがみ・あきら)/1950年、長野県生まれ。ジャーナリスト。近著に『なぜ僕らは働くのか』『知らないと恥をかく世界の大問題12』『なぜ世界を知るべきなのか』など[写真:片山菜緒子(池上さん)、朝日新聞社(佐藤さん)]
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 東京五輪が幕を閉じた。振り返ればトラブル続きの五輪だったが、中でも深刻だったのは、ホロコーストの揶揄問題だ。ジャーナリストの池上彰さんと、作家で元外務省主任分析官の佐藤優さんは、そう指摘する。この問題を二人はどう見たのか、AERA 2021年8月16日-8月23日合併号で、オンライン対談した。

【写真】「軽すぎる五輪」が始まったのはこの瞬間から

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――五輪開会式の前日、開閉会式のディレクターだった小林賢太郎さんが解任された。ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を揶揄する表現を過去に用いていたことが原因だった。この問題にこそ、日本が抱える深刻な問題、国際感覚との驚くべきズレが凝縮されている。対談はこの問題から始まった。

佐藤:今回のオリンピックでは、驚くようなことがたくさんありました。なかでも開会式の前日のショーディレクターの小林賢太郎さんの解任は極めつきだったと思います。首相官邸やオリンピック組織委員会の対応が迅速だったことからもわかるように、この問題はとても深刻なのですがそれがなかなか伝わってきません。

池上:IOCのバッハ会長はドイツ人。ドイツはホロコーストに厳しいですから、解任の判断があと半日遅かったら、開会式には間違いなく出られなかったと思います。

■ギリギリで間に合った

佐藤:ジル・バイデン米大統領夫人もアメリカ国内のユダヤ系の人たちのことを考えたら、出られません。

池上:イスラエル選手団もボイコットするかもしれなかったわけです。さらに言うと、この時、ファイザーのCEOが日本に来ていて、菅義偉首相は改めてファイザーのワクチンをお願いすることになっていました。ファイザーCEOの両親はホロコーストの生存者として知られています。菅さん、あのままでは合わせる顔がなかったでしょう。そのギリギリのところでした。

佐藤:つまり、開会式前日の7月22日未明から午前に最大の攻防戦があったわけですが、あまり報道されてないんです。ホロコースト問題の発覚で、菅首相は朝の5時半に起こされています。早朝から内閣の幹部たちは連絡を取り合い、外務省はアメリカ政府、イスラエル大使館と接触をしました。オリンピック組織委員会もきちんとした対応をするということで、バイデン夫人の出席を確保したのです。

池上:それこそ海外からの列席者がいなくなり、開会式自体がつぶれてしまうところだったんですよね。そういう危機的なギリギリのところで、何とか間に合ったんだということを、みんな気づいていないですよね。

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