医薬品事業のメルクバイオファーマが今年4月に実施した調査では、不妊治療経験者の約9割が経済的負担を感じていて、6割超が経済的な理由で治療をあきらめたり、一時やめたり、遅らせたりした経験があると回答した。回答者の治療費の総額は平均で約130万円だった。

 体外受精により妊娠中の神戸市の女性(41)は30歳で結婚したが、不妊治療は高額なため35歳まで病院には行かなかった。その経験から「保険適用になれば若いうちから治療を受ける人が増えると思います。不妊治療を『ないものねだり』と心無いことを言う人もいますが、保険適用という社会的な後押しがあったら、医療の力を借りて子どもを望んでいいんだと思える社会になるのでは」と期待する。

■「当事者」枝野氏も提案

 不妊治療の保険適用については、菅首相より前に立憲民主党の枝野幸男代表が今年1月の衆院本会議の代表質問の中で提案している。枝野氏は、自身も夫婦で不妊治療を経験した当事者だ。2月には、保険適用にはいくつものハードルがあるとして同党が政府に課題を整理するよう要求。6月には自民党内でも保険適用実現に向けた議連が設立され、当時官房長官だった菅氏が要望書を受け取っていた。

 不妊で悩む人たちを支援するNPO法人Fineの松本亜樹子理事長は菅首相の政策について「不妊治療に光を当てて下さった」と感謝しつつ懸念も示す。

「不妊治療の最大の特徴はさまざまな治療法の中から最適な治療法を選択するテーラーメイド医療。保険適用になると個人に合う治療が選べなくなって妊娠出産が遠のく可能性もあるという話を聞き、心配しています」

 生殖医療に詳しい埼玉医科大学の石原理教授もこう指摘する。

「日本では混合診療は禁止されており、保険適用されたら間違いなく不妊治療の自由度は減る。さらに、不妊治療に使う薬は薬価もついておらず、保険診療に用いるには治験が必要なものもあり、時間がかかるでしょう」

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