思い出すのが昨年の全米オープン、大坂の2回戦の光景だ。取材していた私は、会場がざわつくので記者席から双眼鏡で確認して驚いた。大坂の応援に米プロバスケットボール(NBA)レーカーズのスーパースターだったコービー・ブライアントさんが駆けつけた。大坂の恋人である人気ラッパー、コーデーさん、さらに米プロフットボールリーグ(NFL)の49ersで活躍したコリン・キャパニックさんの姿も。彼は2016年、警官による黒人への暴力に抗議し、国歌斉唱時に片ひざをつき、起立を拒んだ。これが原因で翌シーズン以降は所属チームが見つからず、今に至る。

 大坂が今回マスクで示した抗議の背景に、両親や昨夏の応援席にいた3人らの思考、行動が影響しているだろうと感じる。

 なかでも、大坂が「偉大なる兄」と慕っていたブライアントさんは、今年1月、ヘリコプターの墜落事故でこの世を去った。今大会では彼の背番号「8」のレーカーズのユニホームを着る姿が見られた。優勝記者会見でも着ていた。私はオンライン記者会見の最後に大坂に尋ねた。

■強さを与えてくれた

──ブライアントさんに勇気づけられましたか?

「彼は私がすごいことをすると思ってくれていた。だから願わくば、将来偉大になっていたい。時が経てばわかることだけど」

 元世界ランキング1位、ビクトリア・アザレンカとの全米決勝で、第1セットを1−6で失い、続くセットも0−2の窮地から大逆転した大坂の不屈の精神は、苦境や土壇場で逃げず、シュートを決め続けたブライアントさんの勝負強さと重なる。

 大坂は決勝後、レーカーズのユニホームを着て、センターコートで優勝トロフィーを掲げる一枚をSNSにアップした。こんなメッセージと共に。

「このユニホームを毎試合後、着ていた。私に強さを与えてくれたと確信している。常に」

 きっと、これからも。(朝日新聞編集委員・稲垣康介)

AERA 2020年9月28日号