救急医はテロや災害に備え、防護服などの着脱訓練を毎年実施しています。それでも今回、いざ前線へとなったとき、あらためて解説ビデオでチェックしたり、2人1組で手順を確認し合ったりしました。プロである医療スタッフも強い不安を抱えながら日々の勤務に当たっています。勤務終了後にそのまま帰宅すると家族に感染させるのが怖い、といった声を受け、救命棟にあるシャワー室を開放しました。帰宅前に浴びて帰るスタッフも結構います。

 現場医師が向き合うのは患者にとどまりません。

 新型コロナの患者は入院すると面会謝絶になります。医師は重症化のタイミングで家族に電話で状況を伝えます。その際、家族はたいてい「患者のそばにいたい」と要望されます。ですが、感染拡大防止のため、医師は看取りの許可すら家族に認めるわけにはいかないのです。

 新型コロナで亡くなる患者で最も多いのは呼吸器不全から多臓器不全に陥るケースです。こうなると、手の施しようがなくなります。入院当初は軽症でも、1週間前後で急に重症化されるケースも少なくありません。入院したときは元気だったのに、と現実を受け入れがたい心情を吐露される遺族もおられます。医師としては容体急変のタイミングでなるべく早くお知らせするようにしていますが、この判断が本当に難しい。

 長期入院中の患者であれば、医師が連日家族と電話連絡をとることで、徐々に受け入れていただくこともできます。しかし、救命救急センターに呼吸不全などで搬送され、救急外来でお亡くなりになるケースもあります。新型コロナ感染が濃厚に疑われる場合、遺族には特別な処置を施した遺体と霊安室で対面してもらいますが、手を握ることも許されていません。納得のいかない遺族の心情に寄り添い、苦悩を深めるスタッフもいます。

 日本でこれまで医療崩壊を避けられた要因は、集中治療室に収容しなければならない重症患者が一定範囲に抑えられていることが挙げられると思います。日本の集中治療のレベルはかなり高いので平時と同じような対応ができれば、救命処置によって死亡率を抑えられます。同時に、重症者の割合がもっと増えた場合、それが維持できなくなるのでは、という心配もしています。

 緊急事態宣言は解除されましたが、私たちはまだまだ気を緩めることはできません。これからも新型コロナと共存した形で救急診療を続けていくことになります。

(構成/編集部・渡辺豪)

AERA 2020年6月22日号

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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