山崎育三郎、がむしゃらの先の挑戦 「テレビドラマの世界は恐怖」「巡り合いが奇跡でした」 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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山崎育三郎、がむしゃらの先の挑戦 「テレビドラマの世界は恐怖」「巡り合いが奇跡でした」

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坂口さゆりAERA

 ミュージカル「レ・ミゼラブル」「エリザベート」に「下町ロケット」……。ミュージカル俳優として、俳優として、名だたる作品へ出演する山崎育三郎さん。その活躍の陰には、山崎さんの惜しみない努力が隠されていた。AERA 2020年3月30日号から。

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 ミュージカル俳優として活躍していた山崎さんが俳優として注目されたのは、2015年の秋ドラマ「下町ロケット」(TBS系)。ドラマ出演には「ミュージカルの裾野を広げたい」という思いが大きかった。

山崎育三郎(以下、山崎):子どもの頃から東宝ミュージカルが大好きで、「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」「モーツァルト!」「エリザベート」の4作品に出ることが夢でした。その夢を29歳で叶えられたこともあり、次のステップとして、もっとミュージカルを自分の同世代にも見てほしいと思ったのです。多くの人に見てもらうためには「きっかけ」が必要です。それがなければ劇場に足を運ばない。ミュージカルは魅力的な世界です。現実を忘れられるし、幸せな気持ちになれる。何か一つでもきっかけになれば、と。

 ところが、そんななか、事務所が倒産してしまう。

山崎:「明後日会社がなくなる」と言われて「えっ!?」と。そこから2カ月くらい一人でマネジャーもつけず、携帯2台持ちでマネジャー仕事もしました。ミュージカル以外考えず、自分の夢に向かってがむしゃらに駆けてきた僕でしたが、「ここからはいろんなことを決めつけずにチャレンジしよう」と考え始めました。それでミュージカル界が盛り上がるのであればやってみたいと。その思いを受けとめていただいたのが今の事務所だったんです。

 しかし、映像にチャレンジしようと思ったとき、風当たりは強かった。

山崎:テレビは舞台以上にやりたい人もたくさんいるすごく大きなエンターテインメントの一つです。ミュージカル関係者からも「大丈夫か?」という雰囲気がありました。舞台なら2年、3年先までスケジュールが埋まっています。それを一度なくして、どうなるかもわからないテレビドラマの世界に飛び込むのは、何の保証もない中での挑戦です。僕自身も恐怖でした。それが、初の連ドラ「下町ロケット」が視聴率20%超えの作品になった。「下町ロケット」がなかったら今の流れは違うものだったと思います。そういう作品に巡り合えたことは奇跡。本当にラッキーでした。


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