社会派プロデューサー佐藤薫が新レーベル「フォノン」で再び存在感を放つ理由 (1/4) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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社会派プロデューサー佐藤薫が新レーベル「フォノン」で再び存在感を放つ理由

連載「岡村詩野の音楽日和」

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岡村詩野AERA#岡村詩野
活動が注目される佐藤薫/オフィス521提供

活動が注目される佐藤薫/オフィス521提供

佐藤が立ち上げたレーベル「φonon(フォノン)」のロゴ/フォノン提供

佐藤が立ち上げたレーベル「φonon(フォノン)」のロゴ/フォノン提供

 1980年代の京都で活躍していた「EP-4(イーピーフォー)」というバンドを知っているだろうか。同時期に活動していたレック率いるフリクションや、現在は作家・町田康として活動する町田町蔵の「INU(イヌ)」らとともに、ニュー・ウェーブの時代らしい、尖った存在として音楽シーンに大きな爪痕を残したグループだ。

【佐藤薫が立ち上げたレーベル「φonon(フォノン)」のロゴ】
 
 そのEP-4のリーダー、佐藤薫が近年、再び注目すべき活動を展開している。2年前に自ら立ち上げた音楽レーベル「φonon(フォノン)」のオーナーとして、コンスタントにエッジの効いた作品を発表しているのだ。
 
 佐藤は現在60代前半。80年代当時から、キュレーター的な感覚で音楽家の枠組みには収まらない独自の活動をしてきた。京都市内のクラブのプロデュースをつとめつつ、仲間たちと結成したEP-4ではアルバムなどのリリースのほか、多数のライブも行った。そのユニークなプロモーション・プランも自ら考案。バンド名と日付だけが入ったステッカーをゲリラ的に町中に貼ったり、3都市で時間差ライブを敢行してみたり。豊かなアイデアは、インターネット全盛の現在にはない、ハンドメイドの創作性にあふれていた。

 筆者は高校生だった当時、このEP-4が“暴れていた”京都で彼らの雄姿を何度も目の当たりにしてきた。佐藤がプロデュースしていたクラブにデヴィッド・ボウイがお忍びで遊びにやってきた……なんてこともあった。
 
 その一方で、佐藤は音楽家の坂本龍一、写真家の藤原新也、舞踏家の田中泯、俳優・演出家の芥正彦、編集者の松岡正剛……とフィールドを超えて多くの文化人、芸術家と交流。坂本、田中とはライブでも共演したし、EP-4の代表作「リンガ・フランカ-1~昭和大赦」(83年)のジャケットには、藤原が撮影した「神奈川金属バット両親殺害事件」(80年)の容疑者の自宅写真を使用。社会性あるアートの創出に挑む佐藤の活動は、音楽の範疇だけでは評価できないほどシームレスだ。それゆえ、一般的な「日本のロック史」的ストーリーからはどうしてもはみ出てしまう。
 


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