日本酒の店で働いていた千葉さんは、酒類総合研究所の清酒官能評価セミナーの存在を知る。官能評価とは、香りの成分などで化学的に日本酒を分析すること。リケジョの千葉さんはまずその手法を習得した。

 しかし、お客さんは専門用語を使って「酢酸イソアミルの味のお酒」とは注文しない。お客さんは、どういうお酒が飲みたいときに、どういう表現をするのか──。

 そこでぶち当たったのが「辛口問題」だ。前述した「淡麗辛口」ブームの残滓として、日本酒を注文する際これといって特定の銘柄がない場合、人は「辛口の酒をください」と言う。しかし、実際「辛口の酒」とはどんな酒なんだ? 千葉さんは考えた。

「本当に辛口が飲みたいと思って辛口と言っている人はほぼいない。じゃあ何を言いたいのか。おそらく、『お薦めの、おいしいお酒をください』ということなんですよ」(千葉さん)

 辛口といっても人によって、ピリッとしたお酒がほしいという場合、ガス感がほしい場合、酸味がほしい場合、アルコール感があるドライなお酒がほしい場合がある。そして香りの印象で味わいはガラッと変わる。日本酒の味わいは8割が香りなのだ。こうしてお客さんの好みを探っていき、最初「辛口ください」と言っていた人に香りはフルーティー(カプロン酸エチル)で味はすっきりしたお酒を出す場合もある。

「これって辛口という言葉だけを真に受けていたら出せないお酒なんです。一番大事なのは最初の一杯目。それで思ったようなお酒が出てこなかったらやっぱり日本酒は苦手、となってしまう。一杯目は大事です」

 お店のシグネチャーになっているペアリングは「ブルーチーズハムカツ×どぶろく」だ。ハムカツにビールじゃなくて、どぶろく?

「故郷、岩手県の『民宿とおの』のどぶろくをどうにかして伝えたい。それで考えたペアリングです」

 ハムカツのハムを通常より厚くして塩味をプラス。どぶろくのどろどろとした口触りと米の香りは、ブルーチーズでマスキング。どぶろくの発泡感で油を切る。これがハマった。

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