勇猛ゆえに利用され、裏切られ続けたクルド人 その苦難の歴史をまとめた (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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勇猛ゆえに利用され、裏切られ続けたクルド人 その苦難の歴史をまとめた

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田岡俊次AERA
シリア北部ラスアルアインの市街地で、トルコ軍の空爆によって立ち上る白煙(c)朝日新聞社

シリア北部ラスアルアインの市街地で、トルコ軍の空爆によって立ち上る白煙(c)朝日新聞社

 トルコによる侵攻で、シリア北部の居住地域を実質的に奪われたクルド人。背景にあるのは、ISとの戦いでは友軍関係にあったアメリカの「手のひら返し」だ。十字軍を退けるなど古来勇猛で知られるクルド人は、自らの国を持たないがゆえに大国や近隣国から利用され、裏切られ続けてきた。その苦難の歴史をまとめた。AERA 2019年11月11日号に掲載された記事を紹介する。

●利用され裏切られ続けてきた クルド人の歴史

1187年
クルド人サラディンが率いるイスラム部隊が十字軍を撃滅しエルサレム奪還、エジプト、シリアを支配

1918年
第1次世界大戦でトルコのオスマン帝国崩壊、クルド人地域はトルコ、イラン、イラク、シリア、アルメニアに分割

1920~38年
クルド人自治、独立を求めトルコに対する反乱続発

1946年1月22日
ソ連が第2次世界大戦中に占領したイラン北部に「クルディスタン共和国」を設立。同年12月15日ソ連はイランと和解し撤退。イラン軍が制圧し同共和国大統領を処刑

1973~75年
当時親米のイランはCIA、イスラエルの「モサド」と協力、親ソ連のイラクでクルド人の反乱を煽動。75年イラン・イラク和解、クルド人見捨てられる

1978~79年
イラン革命でクルド人は革命派に与したが、新イラン政権もクルド独立を認めず、革命防衛隊がクルド人を制圧

1980~88年
イラン・イラク戦争でイラクのクルド人はイランに協力。88年3月イラク軍はクルド人集落を化学兵器で攻撃

1984年
トルコの「クルディスタン労働者党」が蜂起。制圧され、死者3万7千人とされる

1991年1~2月
湾岸戦争でイラクのクルド人は米軍に協力。イラク敗北後フセイン政権転覆をめざす米国はクルド人の反乱を支援。91年4月米国はイラク北部、北緯36度以北を「飛行禁止地帯」と宣言、イラク軍の行動を妨げたがイラク軍は96年4月に鎮圧に成功。200万人以上のクルド難民が主としてトルコに脱出


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