何しろ絶滅危惧種に指定されている本マグロは絶対的に数が少ない。この日も競り場には15本程度しかなかった。篠田さんが狙うのは、卸会社が競り前に行う下付けと呼ばれる作業で、その日、最も良質と判断された、通称“一列目”と呼ばれる最高級品だ。

 競りはけたたましい鐘の音を合図に始まる。呪文のような独特の塩辛声を張り上げる売り手の競り人に対し、買い手である仲買人は、かつて東京証券取引所でも使われていた「手やり」という独特のしぐさで応対する。指の動きで仕入れ値を瞬時に伝達するのだ。驚くのは競りにかけられてから値段が決まるまでの時間。まさに電光石火、ものの10秒で勝負は決まる。しかし、素人にはどのマグロが、いくらで競り落とされたのか全く分からない。「符丁」と呼ばれる隠語が使われているからだ。

 この日は国産マグロの代名詞である青森・大間産のマグロがあった。東京からおよそ800キロ離れた津軽海峡に船をこぎ出し、命がけの格闘の末、漁師の手によって水揚げされたマグロは、一昼夜かけてトラックで築地市場に運ばれる。ここで高値を付けてこそ、一匹のマグロは「大間マグロ」という称号を得て、時に漁師は一夜にして莫大な財を築くことができる。この日の最高値はキロ単価1万7千円。1匹あたり289万円という結果だった。

「その日に築地にないということは、日本全国、どこを探してもこれ以上のものはないということです。日本でイチバンということは、世界でもイチバンだということ。マグロが旬を迎える12月になると、さらに競り値は跳ね上がりますよ」(篠田さん)

 2013年、一年の景気を占う正月の初競りで、1億5540万円という破格値が飛び出したニュースは記憶に新しい。

 私たちはなぜ築地に憧れるのか。その答えは、この市場が東京・日本橋にあり「魚河岸」と呼ばれていた時代の風情を今にとどめているからではないか。まるで結界の内と外のように、外界とは全く異なる「手やり」や「符丁」など独特の文化や民俗が現在も使われている。築地市場の前身「日本橋魚河岸」のあった場所には「江戸任侠精神発祥の地」と書かれた石碑もある。流通も冷蔵など保存技術も確立されていない江戸時代。鮮魚を扱う商人たちはスピードが勝負だった。幕府御用達の大店となればなおさらだ。市場を取り巻くこうした環境は「鯔背(いなせ)」や「勇(いさ)み肌(はだ)」などの江戸商人の生活理念を醸成し、その伝統は築地市場で働く人々にも受け継がれている。(編集部・中原一歩)

※AERA 2018年10月8日号より抜粋