周知の通り、憲法96条は「改憲手続き」を定めている。改憲発議には衆参両院議員の3分の2以上の賛成を必要とし、さらに国民投票で過半数の同意を得なければならないのだが、両院の半数が賛成すれば発議できるようにしてしまおう、という主張だった。

 しかし、国民が権力者を縛るための最高法規を、他の一般法と同程度の改正手続きにハードルを下げてしまうのは「邪道」「裏口入学」(憲法学者の小林節・慶應大学名誉教授)といった当然の批判が噴き出し、世論調査でも反対が優勢だった。そのためか、プロ野球の始球式に「96」の背番号で登場して臆測を呼んだ首相は間もなく、この主張を封印する。

 代わって浮上したのが緊急事態条項の新設や教育無償化といった部分の改憲を訴える動きである。首相自身が積極的に提案することは少なくなったが、与党や日本維新の会などがこうした主張をすると首相も賛意や理解を示す発言を繰り返した。

「緊急事態という条項からやるべきだという議論も有力」(15年11月、衆院予算委で)

「緊急時において、国家そして国民がどのような役割を果たすべきかを憲法にどう位置づけるかは、極めて重く大切な課題」(16年1月、衆院本会議で)

「御党(日本維新の会)は憲法改正で教育費無償化を書き込んでいくべきではないかと主張されている。(略)建設的な形で改正条項を提出されていることに敬意を表したい」(16年10月、衆院予算委で)

 要は改憲さえできれば何でも構わないのではないか──そんな疑念が持たれる中、首相最側近の首相補佐官(当時)で自民党の憲法改正推進本部事務局長も務めた礒崎陽輔・参院議員が15年2月、党の会合でこんなことを口走ってしまう。

「憲法改正を国民に1回味わってもらう。『そんなに怖いものではない』となったら、2回目以降は難しいことをやっていこうと思う」

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