黒田東彦(はるひこ)総裁の就任以降、「金融ムラの村長」であるはずの日銀が、「お代官様」の意向ばかり気にするようになったと言われる。黒田総裁がかつて「採用する考えはない」と繰り返し発言していたマイナス金利の導入に踏み切ったのはその典型だ。

 日銀の審議委員の人事にも異変が起きた。6月末に任期が切れる三井住友銀行OBの後任に、メガバンクの意向と違う新生銀行執行役員を提案。日銀との不協和音が高まった。

「背景にはもっと深刻なことがあります。国債への不安です」

 金融関係者は声をひそめて打ち明けてくれた。現状はマイナス金利でも国債は売れている。年間80兆円のペースで日銀が銀行から買い上げるからだ。

「そんな異常事態はいつまでも続かない。やがて金利は反転する。それが経済です。金利が上がれば国債は値崩れし銀行は大損する。いつまでも付き合っていられない、という思いはほかの銀行も同じです」というのだ。

●日銀内部にも理解の声

 日銀内部にも「政治主導」に従う黒田総裁への不満が渦巻いている。首相の考えに呼応する形で「異次元」緩和に踏み出したことを日銀職員の多くは異常と感じている。

「資格返上という『異議申し立て』は三菱UFJだけでなく、金融界全体の総意と考えるべきだ」との声が日銀内部にもある。

 同様の心配は財務省内部にもある。「金利が反転上昇すれば利払い費は膨張し、財政は破綻する。政権は近未来に訪れる危機を無視している」。多くの財務官僚は本音ではそう思っている。しかし、「人事権は首相官邸にある。公然と声を上げればクビ」という状況の中、静けさを保っているだけというのだ。

 今や円安・株高の流れは逆流し、アベノミクスの限界が見え始めた。そんな中で起きたトップバンクの異議申し立て。唐突に見えるが、背後には面従腹背する実務家たちの「総意」が秘められているかのようだ。(ジャーナリスト・山田厚史)

AERA 2016年6月27日号