円安によって、外国人から見た日本旅行の費用が安くなり、魅力が増したことが大きい。日本全体が大バーゲンセールの真っ最中なのだ。大都市の家電量販店やドラッグストアで「爆買い」する中国人旅行者が注目されるが、それだけではない。日本人にもそれほどおなじみとはいえない地方の観光スポットにまで外国人客が押し寄せている。

 しかし、円安の恩恵を実感している人がそんなに多いわけでもない。実質国内総生産(GDP)の成長率は15年7~9月期こそ2四半期ぶりにプラス成長に転じたものの、一進一退が続く。景気はさえないままだ。

「円安はトータルで見れば日本経済にプラス」というのが通説だった。日本製品が海外で割安になり競争力が上がるため輸出が増え、企業が新しい生産設備に投資したり、従業員の賃金が上がって消費に回ったり、下請け企業への注文も増えたり、といった「好循環」による景気押し上げ効果が期待されるためだ。実際に、大企業を中心に海外で稼いだ売り上げの円換算額が膨らんで業績は改善。15年4月には日経平均株価が15年ぶりに2万円台を回復した。経団連が集計した大手企業の昨年の春闘での賃上げ率は2.52%と17年ぶりの高水準だった。

 しかし、これまで景気回復のエンジンとなってきた輸出がふるわない。財務省の貿易統計によると、円建ての輸出金額は13年以降、おおむね増加傾向が続くが、輸出されたモノの数量を示す指数は伸び悩む。つまり、外貨で得た収入を日本円に換算した金額は円安によって膨らんだが、輸出向けの製品が国内でどんどん増産されている状況ではないということだ。

 これでは国内の下請け企業や、輸出品を製造する機械のメーカー、工場建設の請負業者の仕事が増えて幅広い人たちが恩恵を受ける「好循環」は望めない。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは現状をこう解説する。

「そもそも国内市場が細るなか、企業は海外での生産拠点や販売能力の強化を進めてきました。さらに、東日本大震災で国内のサプライチェーン(部品供給網)が寸断され大幅に生産が落ち込んだ反省から、生産拠点の国際分散を加速させている。国内で人手不足の傾向が強まっていることも影響しています」

 円安のメリットは海外で稼ぐ大企業とその従業員といった一部の層に偏っている。

AERA 2016年1月18日号より抜粋