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「花子とアン」の女子校は意外に上下関係ない?

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AERA#花子とアン

 東京・六本木のほど近くに、周囲の喧騒から離れた閑静な一角がある。ここにあるのが東洋英和女学院中学部・高等部だ。

 人気を博したNHKの朝ドラ「花子とアン」の主人公のモデルとなった翻訳家、村岡花子の出身校。彼女が翻訳した『赤毛のアン』はカナダの自然豊かなプリンス・エドワード島がその舞台になっている。「花子とアン」に情報提供などで協力をしていた、カナダ観光局のメディア・広報マネージャーの半藤将代さん(47)は、奇しくも同学院の出身で、ドラマの原案となった『アンのゆりかご─村岡花子の生涯─』の著者、村岡恵理さんの同級生でもある。

 半藤さんは母のすすめと、制服のかわいさなどに憧れて、中学部から入学した。同級生にはピアノがうまい、生家がとてもお金持ち、親が有名人などさまざまな人がいた。

「不思議なことに、周りにすごい人たちがたくさんいても、うらやましいと思ったことは一度もありませんでした。友達から私自身の良いところも認めてもらっていたし、他人と自分を比べて上下関係をつくろうとする人がいなかったんです」

 早稲田大学第一文学部を卒業後、トラベルライターになって取材で世界を回った。大学の友人たちは就職活動をして大企業に内定したが、半藤さんは学生時代にアルバイトをしていた編集プロダクションを選んだ。

「仕事がうまくいかないときは悩んだこともありましたが、世間的な評価を気にせず、自分がやりたいと思ったことを選んできて結果的によかったと思います。それは、東洋英和時代に、自分がやりたいことをしっかり選ぶことを覚えたから。おかげで今、過去の自分の選択で後悔しているものはありません」
 
 29歳で米国のIT企業に転職、30歳を過ぎたころには7人の部下を持っていた。カナダ観光局で働くようになってからは、『赤毛のアン』を通して母校を意識する機会も増えた。

「入学当初は考えもしなかったけれど、東洋英和との縁を感じながら仕事をしています」(半藤さん)

AERA 2014年10月13日号より抜粋


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