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家が全焼、社内の制度使えずアルバイト…介護の現実

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AERA#介護を考える
新卒で入った会社を3年前に辞めた後は、夜間のバイトをしながら母を支え続けた。定職につけば、母の急変時に支えきれるかとまた悩む(撮影/写真部・今村拓馬)

新卒で入った会社を3年前に辞めた後は、夜間のバイトをしながら母を支え続けた。定職につけば、母の急変時に支えきれるかとまた悩む(撮影/写真部・今村拓馬)

 会社に制度があっても実際はなかなか使いづらい──。年間10万人が介護で離職するという現実がある。体験者の話を聞いた。

 日用品の同じものをどんどん買ってきたり、お風呂を沸かしすぎて熱湯にしたり。母の異変に気づいたのが4年前だった。長男の金井隆彦さん(26)は当時、金属加工会社に就職して1年目。毎日、まだ着なれない黒やグレーのスーツを着て出社していた。

 母の邦子さん(58)は、家を切り盛りし、家族に尽くし、父(59)に文句ひとつ言ったことがなかったような人。それなのに、父に嫉妬の妄想のようなものをぶつけるようになった。総合病院を受診したところ、認知症の疑いを指摘され、追って検査入院をすることが決まっていた。そんな矢先、隆彦さんの勤務先に父から電話が入った。

「家が火事だ」

 邦子さんが日中、コンロの火をつけたまま外出し、自宅は全焼。その後に診断結果がわかった。邦子さんは、前頭側頭型認知症(ピック病)だった。

 家が丸焼けになってからは、一家で父の社宅に緊急避難した。隆彦さんと4歳年上の姉と父、母以外の家族3人がフルタイムで会社に勤務していたため、どうしても日中は、母ひとりになった。隆彦さんは、邦子さんが社宅からどこかに出かけたと職場で報告を受けた時、「もう、家族の誰かが母につきっきりでみるしかないんじゃないか」と思った。

 家族それぞれが、変わりゆく邦子さんとどう向き合うか、試行錯誤の連続だった。突然怒り出す邦子さんに、父は声を荒らげた。騒ぎながら玄関の鍵を開け出ていく母の後を、隆彦さんは追いかけ、本人の気の済むまでいっしょに歩いた。そんなことを続けるうちに、隆彦さんが精神的不調に陥った。会社を一日、二日と休むうちに、もう会社に足が向かなくなった。隆彦さんがうつ病と診断されたのは火事から2カ月後。2011年1月、「自分の体調不良」を理由に傷病休暇をとることになった。

 隆彦さんは休暇中も、母につきっきりで介護した。月に1度は出社するように言われていたため、久々に職場を訪れると、対面でこう告げられた。

「入社間もないのに、お金(傷病手当金)をもらって休んでいるのはおかしいよね」

 何も言えなかった。その後、父が隆彦さんの会社に呼ばれ、「戻る見込みがないのなら、この先のことも考えて、自己都合で辞めたほうがよいのでは」と会社側から切り出された。

AERA  2014年8月4日号より抜粋


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