長野・八ケ岳の登山口から、濃緑の針葉樹林を抜ける真っ白な雪の山道を歩くこと4時間。高さ約15メートル、直径約10メートルほどになる巨大な蒼(あお)い氷の柱が現れた。そのたもとや中腹に、両手両足に鋭い刃物のような道具を装着し、氷壁をよじ登る何人もの姿があった。

 氷柱の頂から、ロープにぶら下がりながら下りてきた深谷雅恵さん(28)は息を弾ませつつ開口一番、こう語った。

「初めてで怖かったけど、すごく楽しい。両腕がパンパンに張ってる。緊張しすぎて、おかしな力が入ってしまったのかも。ガンダムみたいな格好して、氷にしがみついている自分の姿が滑稽なのもいい」

 ちまたで「アイスクライミング」が静かなブームだ。とりわけ、「山ガール」といわれる20~40代の女性愛好家が2~3年前から増えている。

 山小屋「赤岳鉱泉」前にあるこの氷の柱、「アイスキャンディー」では、冬季は毎週末、約200人がアイスクライミングを楽しむ。

 特殊なピッケルを両手に持ち、つま先の歯が突出しているアイゼンを両足につけ、レクリエーション感覚で氷壁に取り付く。氷の窪みを探ってはピッケルを引っかける。3点支持の体勢に気を配りながら、氷壁にアイゼンを蹴り込んでポイントを作る。そして、バランスをとりながら、体をぐいっと引っ張りあげる。この一連の垂直運動を繰り返すのがアイスクライミングだ。

 ブームの背景には登山用具の進歩や山ブームのほか、人工氷壁の登場がある。アプローチが悪く、安全確保がしにくい自然の氷壁では、おのずと愛好者は限られていた。全国各地でぽつぽつと人工氷壁が増えている。

「アイスキャンディー」が登場したのは約10年前。当初は遠巻きに眺めていた登山客も、小屋のスタッフやクライマーから声をかけられて、夢中になるパターンが多い。

AERA 2013年4月1日号