『音楽する脳――天才たちの創造性と超絶技巧の科学』
朝日新書より発売中

――苦しみをつきぬけて歓喜に至れ!

 いわずとしれたドイツ人作曲家、楽聖ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベンがとある手紙に書いた言葉である。1916年にノーベル文学賞に輝いたフランスの世界的文豪ロマン・ロランの著書『ベートーベンの生涯』の中で彼は、「この言葉は彼の生涯が煮つめられており、雄々しい彼の魂全体にとっての金言でもあった」と述べている。日本では年末になると必ず演奏されるベートーベンの交響曲第九番の第四楽章「歓喜の歌」は、彼が音楽家として致命的な難聴に苦しみ、その苦悩の果てに生み出されたものだといわれている。つまり、この言葉はベートーベンの人生観そのものであり、その一つの結晶として「交響曲第九番」が完成したのだろう。

 筆者は現在、脳がどのようにして音楽を創造するのかについて研究している。一方で、脳研究をするよりずっと前の幼少期から音楽理論や作曲を学んできた。作曲を学ぶにあたってベートーベンのピアノソナタは、避けては通れない世界共通のバイブルである。ベートーベンのピアノソナタを学ぶことは、当時、筆者は苦痛であった。なぜなら彼の曲の構造がとても複雑で、楽曲分析に多大な時間を費やしてもゴールには行きつかず、彼のピアノソナタを理解するためには彼の人生、人生観そのものを体現しなければいけないのではないだろうか、そのように思うほどであったからだ。先の言葉は、そういう曲を創ったベートーベン本人のものだからこそ重みがある。

 さて、本書は筆者が日々研究を行っている音楽と脳の関係について、音楽史、数学、脳科学をテーマに迫った本である。音楽を創造するというのは人間にしか成せない能力である。しかしなぜ、人間には音楽が必要なのか、どうして私たちは音楽に感動、歓喜するのかという疑問に関して、現代の科学をもっても知らないことが多い。これを知るための一つの手段として、脳と音楽の繋がりを理解するということがある。例えば、ベートーベンのピアノソナタ後期の作品は、難聴などあらゆる人生の荒波、苦闘を乗り越えた末にできたものであり、前期、中期の作品に比べて、雑念を脱却したおごそかな作風に変わっている。筆者は、脳が行っている統計学習の計算モデルを用いて、ベートーベンのピアノソナタを解析した。脳は、統計学習によって音楽構造の「不確実性」を認知することができる。不確実性とは、情報の予測のしづらさや難解さなどを示す。不確実性が高いものは、脳も予測がしづらいため不安な状態となる。一方で、不確実なものを生み出すことは苦悩ではあるが予測不能な創造的行為ともいえる。解析の結果、ピアノソナタの前期から後期に向けて、曲の不確実性が徐々に増加していることが示唆された。彼が生涯を通して、音楽の概念を壊し続け、常に不確実で創造的な音楽を追い求めたいという熱意が、脳の統計学習に影響を与えているのかもしれない。本書では、この脳の統計学習と創造性についても深く言及している。

 本書では、脳にとっての創造的な音楽とは何かについてもお話しする。そもそも音楽の表現方法は、人類の脳の進化に伴って変化し続けている。例えば、大昔の部族音楽のようなリズム中心に演奏されるものから、現代の高度な理論やテクニックによって生み出されたクラシック音楽まである。約4~5万年前に初めて音楽を奏でたといわれる人類の祖先ホモ・サピエンスは、科学と知性の発達によって生まれた平均律のクラシック音楽を聞いても、その価値を充分に理解できなかったはずだ。しかし、クラシック音楽を何世代にも亘って聴き続けてきた現代人の脳はそれを理解し、感動することができる。私たちは長く緩やかな音楽の発展を通して、大昔では想像もできなかったであろう様々な音の響きを「音楽」と認識できるようになったのである。

 一方で、私たちの脳が現時点で「非音楽」と感じる音現象は、もしかしたら単に「私たち現代人の脳」がまだ追いついていないだけだと考えることもできる。ベートーベンの名言を借りれば、新しい未知のもの(不確実なもの)を生み出すことは多大な苦悩を伴うが、それは社会にとって、そして私たちの脳の発達や成長にとっても、とても意義のあることなのだ。

――音楽は世界語であり、翻訳の必要がない。そこにおいては、魂が魂に話し掛けている。
~ヨハン・ゼバスティアン・バッハ~

 私たち人間が、意思疎通のため、コミュニティ形成のため、感情を訴えるために利用してきた最大のパートナーである音楽は、これからの社会において、そして私たちの脳の成長と共にどのように変化していくのだろうか?