子どもの命を守るためにできることを考える朝日新聞の連載企画「小さないのち」の一つとして、この事件を描いた記事が掲載されたのは2016年10月17日(本書では第3章に掲載)。反響はすさまじく、朝日新聞デジタルでのページビュー(記事がクリックされた回数)は累計約1000万回に達した。読者からのメールや手紙には「他人事とは思えない」「自分も紙一重だった」といった母親からの声や、そこまで追い詰めた男の責任を問う声、SOSを受け止めきれなかった行政の問題点を指摘する声などがあふれかえった。

 みんなが、3歳の女の子の命を救えなかった事実を悔やみ、母子をその場所まで追い詰めてしまった社会のありようを見つめ直した。そして、同じような犠牲を繰り返さないためにできることがあるはずだと、たくさんの提言も寄せられた。

 小さな命が失われた事実から目を背けずに伝え、苦しくても読んでもらい、悲劇を繰り返さないために何ができるのかを一人でも多くの読者とともに考えたい。この目的は、新聞連載も本書も変わらない。

 虐待のほかに、家庭内の事故や水の事故、交通事故、自殺などでも多くの子どもたちが犠牲になっている。だが、多くのケースは「よくある事件・事故」としてその事実だけが小さく淡々と報道され、原因や背景が顧みられないまま、似たような事件や事故が繰り返されている。

 避けられない病死を除く子どもの死の多くを、欧米では「Preventable Death(予防可能な死)」ととらえる。そして、すべての死亡例を検証し、予防につながる要因をみつけ、再発防止策として社会に還元する「Child Death Revew(CDR)」が制度として多くの国で定着している。CDRの必要性を私に強く説き、このシリーズを始める大きな動機を与えてくれたのが、大久保真紀編集委員と板橋洋佳記者だ。

 日本にもCDR制度をつくりたい。本書の取材に協力してくれた専門家や、連載に携わった約20人の記者全員が同じ思いを持っている。新聞連載に続く本書の出版で、「小さないのちを守り抜く社会」を願う人々の声がさらに大きくなっていくことを願ってやまない。