19歳で芸能の道に進んだ浦井さんは、ある時期まで、父に対して素直になれなかった。面と向かって話せなかった父。でも、浦井さんの舞台には熱心に足を運んでいることを知っていた。あるとき、舞台を観た家族から、「お父さん、感激してたよ」と聞かされ、やっと父と腹を割って話せるようになった。亡くなったのはそれから数年後のことだ。

「植村さんの作ってくださった『キャッチボール』という曲ができるまでには、植村さんと僕の間での言葉のキャッチボールがあって、その前には、父と僕の間の心のキャッチボールがあった。人の想いはつながっていくということを、僕は父から学び、その父からの学びをこの曲で表現できたと思います」

 もう一つ、うれしかったことがある。「キャッチボール」を母に聴かせると、母も感激してくれたことだ。

「僕は説明がそんなにうまくないので、何も伝えずに、フラットな状態で聴いてもらったんです。でも、すぐにわかったみたいでした。父親のことを自分の息子が歌にするなんて思ってもみなかった、その驚きもあったのかもしれない(笑)。僕はたまたま表現するという職業に就けたので、父親に捧げる歌を歌うことができて、形に残せたのは本当に恵まれていますし、今回は、僕なりの親孝行ができたのかなと思います」

 アルバムのタイトルは「VARIOUS」。Mr.ChildrenやDREAMS COME TRUE、RADWIMPSなどのヒット曲のカバーあり、ミュージカル「レ・ミゼラブル」の「民衆の歌」や、これまでに出演したミュージカルの人気曲ありと、バラエティーに富んだ内容だが、浦井さんがとくに今回狂喜したのは、大ファンで、学生時代はバンドで曲をコピーしたこともあったSOPHIAの松岡充さんが曲を提供してくれたことだ。

「植村さんと同じく、僕のキャラクターに合った楽曲を制作するために、最初に松岡さんと喫茶店でお話しさせていただいたんです。それも何時間も! レコーディングのときも松岡さんが立ち会って、目の前でディレクションしてくださって。本当に天にも昇る気持ちでした(笑)。松岡さんは、『浦井健治のファンの人たちに喜んでもらえて、一人でも多くの人を元気にできるような曲を僕は作ったつもりだし、自信作だよ』とおっしゃって。さらに『僕たちは、みんなに夢を見させる魔法使いだからね』なんて、本当にいちいちカッコいいんです。僕にとっては、これまでの人生のご褒美というか表彰状みたいなアルバムになりました。頑張っていれば、こんな奇跡のような幸せに出合えるんだって」

 ほかにも、元宝塚トップスターの望海風斗さんと、ミュージカル「エリザベート」の「闇が広がる」をデュエットするなど、聴きどころは満載だ。

(菊地陽子、構成/長沢明)

週刊朝日  2023年3月24日号より抜粋