小説は書くというより、語り手の言葉を聞くことだという。
「小説は誰かがどこかに向かって発している言葉です。誰がどんなふうに発しているのか、なぜ語らずにはいられないのか、その事情は作品、語り手ごとに違う。それを汲んで形にするのが小説を書く人だと思うんです」
だから自分は語り手の言葉を録音するエンジニアに近いという。マイクをどこに置けばどう聞こえるのか、この場所はBGMがあるからマイクをもう少し近づけよう、話したがっている別の人にもマイクを向けよう、と調整しながら聞いていく。そこでしか出てこない言葉が聞こえてくれば、それはきっといい小説になる、と語る。
小説は実生活で見聞きしたことから始まり、大きなテーマは設けない。
「そういう大文字の何かを避けているかもしれないですね。読む人が勝手に自分とつなげてくれることもあるし、同時代性は脱色できない。やはり大事なのは誰かの声をちゃんと聞くこと」
原稿は本が積み上がっているという自室の小さな机で書く。夕方には2歳の子どもを保育園に迎えにいく。子どもの話す言葉は日に日に増え、一緒に遊ぶのが楽しい。
イタリアの黒米のリゾット、窓目くんがスリランカ出身の新郎の両親に教わるカレーなど料理も主役級に登場し、スパイスの香りにお腹が空くこと請け合いだ。「文學界」3月号掲載の滝口さんと窓目くんの対談も最高です。(仲宇佐ゆり)
※週刊朝日 2023年3月17日号