コロナ時代に振り返るべき 戦時下を生きた作家の良識と気骨 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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コロナ時代に振り返るべき 戦時下を生きた作家の良識と気骨

週刊朝日#読書
川本三郎さん (c)朝日新聞社

川本三郎さん (c)朝日新聞社

 コロナ禍は戦時下に似ていると言われる。戦時下の作家の日記には現代でも、参考にすべき姿勢がある。評論家・ 川本三郎さんに「今読みたい日記」を選んでいただいた。

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 国を挙げての総力戦となった昭和の戦争の時代を作家たちはどう過したか。日記を通して見てみたい。まず自伝的大河小説『人間の運命』で知られる芹沢光治良の『戦中戦後日記』(勉誠出版)。

 太平洋戦争が始まった昭和十六年から日記は始まる。四十五歳になる作家は東京の東中野に妻と四人の娘と共に住む。当初はまだ市井の暮しに余裕もあったが、昭和十九年にサイパン島が米軍に占領されてからB29による空襲が激しくなる。

「作家」であると同時に「家長」でもある身、家族のことを心配し、軽井沢に疎開する。食糧の確保がいちばんの課題。自ら率先して畑仕事を始める。五十歳になろうとする身にはつらかったろうが、家長の役目を果す。

 温厚なモラリストだが、東條英機や近衛文麿には厳しい。「今や上に立つ者は責任を負うことを知らず、明治時代の精神もなくなりけり。上に立つ者に日本精神なし」

 明治人の気骨を感じさせる。

 大佛次郎も昭和十九年九月から日記をつけ始める。大日本帝国の行く末を見ておきたいからだろう。『大佛次郎 敗戦日記』(草思社)も当時を記録した貴重な書(書名は編者がつけたもの)。

 当時、大佛次郎は四十七歳。作家として円熟期にあり、鎌倉に住み、敗色濃いなか、日々、新聞の連載小説「乞食大将」の執筆を続けている。非日常と日常が重なり合っている。

 一人の日本人として、B29撃破のニュースに「胸のすく」思いをする。他方、テニアン島玉砕のニュースに「胸がふさがる」悲しみにとらわれる。特攻隊の青年たちのことを思うと厳粛な気持になる。

 といっても熱狂的な愛国者ではない。婦人雑誌にまで「米兵をぶち殺せ」と読者を煽る文字があるのを見ると「日露戦争の時代に於てさえ我々はこうまで低劣ではなかったのである」と嘆く。ここにも良識ある明治人がいる。


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