とはいえ、さすがに4~5月の自粛期間は、世界中で映画館が閉鎖され、「この先どうすればいいのか」と答えのない自問を続けることに。

「コロナがなければ、私はこの夏はオリンピックのドキュメンタリーを撮って、来年の春にはその映画が公開される予定でした。しかしそうではなく、コロナ禍にあってどのようにオリンピックを開催するのかという新たな題材が加わりました。それは、これまでになかったものになると思います。そして、それこそが人類にとってとても大切なものであると」

 やがて、全国のほとんどの映画館が再開され、『朝が来る』も10月の公開が決定した。

「『朝が来る』というタイトル通り、映画の中で描かれているのは、“希望”です。コロナを経験して、みんなの心が沈んだり、落ち込んでしまった今こそ観ていただきたい映画です。コロナになる前よりも、むしろ今のほうが、この映画の中の希望に共鳴してくれる人は多いんじゃないかと思います。映画の中で、若いお母さんは、自分の産んだ子供を手放すことで孤立し、大きな悲しみを抱え込みますが、もがいていくうちに、一人じゃないということに気づく。だから、彼女にも、他の家族にもそれぞれに朝が来るのです」

 この映画を観ることで、一人でも多くの人に、“特別養子縁組”という制度があること、世の中にはいろんな家族の形があることを知ってもらいたいと監督は願う。

 監督の映画は、常に観る側の想像力を刺激する。では監督自身には、映画を通して届けたい普遍的な思いはあるのだろうか。

「映画を創るときは、誰かに何か影響を与えたいというよりは、自分自身が、この世界のありようみたいなものを知りたい欲求のほうが大きいです。もしくは、自分が知らなかったものに目を向けたときに見えてくる現実があって、それを、映画を観ることによって知ってもらいたいとも思っているかもしれない。また、『萌の朱雀』や『殯(もがり)の森』は、時代に埋もれていく暮らし、消えゆく森のことを残したかった。それはなぜかというと、人間が過去のものとしているものほど、未来の扉とつながっていることがあるからです」

(菊地陽子 構成/長沢明)

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週刊朝日  2020年10月30日号より抜粋