春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
イラスト/もりいくすお
イラスト/もりいくすお

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「東京都民」。

【画像】一之輔氏の思い出のひとコマ?

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 1997年、19歳。大学入学のために上京し、『東京都民』になった。住んだのは豊島区の外れの静かな住宅地で、高い建物もなく「東京」というかんじはまるでしない。池袋からたった2駅なのに、表にはおじいさんとおばあさんしか歩いていなかった。2日目にしてヤクザ紛いの新聞の勧誘に辟易した。朝日新聞だったのはここだけの話。3カ月とらされた。

 道一本挟んで、練馬区だった。大学は練馬にあったので歩いて通う。入学式へ行くも、持ち前の人見知りのせいで同級生の話し相手がまるで出来ずじまい。

 苦し紛れに落語研究会に入ったら、その年の1年生は私一人だった。先輩が「日曜日にみんなで『としまえん』に行くぞ」と言う。「みんなの弁当はキミが作ってきてね」とも言われた。部員は10名だ。仕方ないので当日の朝、塩むすびを山ほどこさえて、市販の野沢菜の漬物を添えた。『としまえん』は豊島区でなく練馬にあった。嘘つき。いい年した大学生がとしまえんのメリーゴーランドに跨ってキャーキャー。こんなことするために東京来たんじゃないのだが……。

 おにぎりの山を見て「おかずはないの?」と先輩が聞いた。「オレたちは山下清か? こんなにおむすびばかり握ってきやがって」「野沢菜ならありますよ」「漬物はおかずじゃないだろう? ウィンナーとか玉子焼きとかさ!」。「そこはひと工夫だろ」とある先輩。「ぼ、ぼ、ぼくはおむすびが、す、す、好きなんだな」と『裸の大将』の真似をしながらおにぎりを口に放り込んでいく。みんなも真似して「ぼ、ぼ、ぼ……」。あっという間に完食。ひとしきり和んでからもう一回乗ったメリーゴーランドはさっきより楽しかった。

 先輩から「これを必ず読むように」と藤子不二雄(A)の『まんが道』を渡された。また数日後、「読んだら行くぞ」と連れていかれたのが、一軒のごく普通のラーメン屋。「あの『松葉』じゃないですか!!」。松葉とは『まんが道』に出てくる、漫画家が通った伝説のラーメン屋だ。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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