作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。四谷怪談の話をしていて、こんなことを感じたという。

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 人が何を怖いと思うかは、お国柄なのだということを聞いた。例えばアメリカ人は「強いもの」に恐怖を感じ、日本人は「人の恨み」が怖くてたまらない。

 なるほど。そう言われてみれば、アメリカのホラー映画の悪役って、たいてい最強の武器を持っているか、武器で殺しても死なない無敵さで人間を襲ってくる。人形がハサミ振り回したり(チャッキーでしたね)、死人が斧振り回したり(ジェイソン以外にもいたような気がします)、すでに死んでるから死を恐れずに闘うゾンビだったり。

 一方、日本は人形の髪が伸びたってだけで怖いし。死人が襲ってこなくたって、井戸の中に霊がいるらしい……というだけで泣きそうになる。人の気持ち、人の恨みが形になることが、本当に怖いのだ。

 少し前、私が四谷怪談の話をしていたら、友だちが「やめて!」と顔をしかめた。どうした? と聞くと、「その名前は言っちゃダメ!」と。おばあちゃんからの言い伝えなのだという。お◯◯◯ん(←かえって卑猥になってしまって、ごめんなさい)の名前を口にすると、よくないことが起きてしまう、と。それを聞き、私も素直に言うことを聞いた。人生何が起きるか分からない。災いからはなるべく遠ざかりたいと思うのが、人の心というものでしょう。

 
 で、もごもごと口ごもりながら考えたのは、私は安倍総理が怖いと思っているな、ということだった。第1次安倍内閣の時は体調を崩し、何をやってもうまくいかなかった。メディアによる激しいバッシングも続き、自殺してしまうのではないか、と心配されたほどだった。

 それがどうだ。今度は怖いくらいに、うまくいきすぎてないか。オリンピックは招致できる、自民党は圧勝する、原発再稼働は着々とすすんでる、アベノミクスが成功しているという「建前」は崩れず、体調も悪くなく、なにより国会で大声でやじったり怒ったりできるほど元気に回復し、その勢いで念願の安保法制も衆議院で通しちゃった。今になって安倍政権を批判する声は大きくなっているけれど、それでも、やっぱり、うまくいきすぎてる。

 地震大国ならば、持続可能なエネルギー対策を真剣に考えてよ。健康を考えれば、漏れ続ける放射能に真剣になってよ。自衛隊員の命を考えれば、他の国の戦争に敢えて巻き込まれていくような蛮勇はふるわないでよ。そんな国民の声や恐怖などに耳を貸そうともせず、何かに憑かれているかのように突き進む姿が、怖いのだ。

 安倍総理の祖父岸信介氏は、戦犯として逮捕されたとき、こういう歌を詠んでる。「名にかへてこのみいくさの正しさを来世までも語り残さむ」。安倍さんが戦争できる国にこだわるのって、もしかして、2世代前からの……呪い? 安倍総理自身は、あまり強くは見えない。だけど、その恨み、その思いの強さは、霊並みなのかも。なんだか怖くなってきたので、これからは、あ◯◯◯◯う、と呼びたくなってきました。

週刊朝日 2015年8月14日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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