高校野球100年トリビア 開会式に水着で入場した選手がいた 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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高校野球100年トリビア 開会式に水着で入場した選手がいた

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さまざまなドラマを刻んだ甲子園(※イメージ)

さまざまなドラマを刻んだ甲子園(※イメージ)

 8月6日に開幕する全国高校野球選手権大会。第1回大会から今年で100年。さまざまなドラマを刻んだ長い歴史の中から、“雑学”を集めてみた。

◇開会式に水着で入場行進した選手がいる

 異様な光景に思えるが、実は水泳部の選手で、この大会に限っては正式なスタイルだった。戦時色が濃くなった40年。第26回は全日本中等学校体育競技総力大会の一種目として開催され、陸上、水泳、体操、バレーボール、バスケット、テニス、軟式テニスの8種目の選手約2200人が甲子園での開会式に集まった。各種目のユニホームを着用して参加したため、珍風景が実現した。

◇甲子園の土を海に捨てられて持ち帰れなかった高校がある

 第40回(58年)は、大会史上初めて沖縄代表が甲子園に出場。入場行進で同代表の首里が登場すると温かい拍手と歓声に包まれた。同校は初戦で惜敗し、甲子園の土を持ち帰る。ところが当時沖縄は米国管理下、那覇港に着くと琉球政府の植物防疫法に触れるという理由から土を海に捨てられてしまった。これに同情したJALの客室乗務員が「せめて石でも」と球場の小石を贈ったという美談が残っている。この小石は同校校庭の「友愛の碑」の台座に飾られている。

◇閉会式後の場内行進を拒否した優勝校がある

 閉会式後の場内行進は伝統的な恒例行事。ところが唯一この行進を拒否した学校がある。第5回(19年)で優勝した神戸一中(兵庫)は「われわれは見せ物ではない」と行進を拒否した。当時の一中には硬派な気風があり、その精神が行進拒否につながったようだ。当時の主将はのちに「ただ、母校のためにやっただけという気概を見せたかったのですが、まあ若かったのですね」と語っている。

◇19歳で甲子園に出場した選手がいる

 第38回(56年)の人気をさらったのが米子東(鳥取)のエース長島康夫。北朝鮮で終戦を迎え、引き揚げが遅れたため、米子東への入学が2年遅れた。高校3年生で満20歳を迎える長島は年齢超過で出場できなかったが、地方大会1カ月前に特例中の特例が認められて参加。地方大会を勝ち抜き、快進撃を続け、全国大会ベスト4まで勝ち上がった。

週刊朝日  2015年8月14日号より抜粋


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