新しい歌舞伎座 黄門様の木使用 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

新しい歌舞伎座 黄門様の木使用

このエントリーをはてなブックマークに追加
週刊朝日#子孫

 家康没後400年の今年、宗家(将軍家)を支えた尾張、紀伊、水戸の徳川御三家が集まり座談会を行なった。集まったのは徳川宗家18代当主・徳川恒孝(つねなり)、尾張徳川家22代当主・徳川義崇(よしたか)、紀伊徳川家19代当主・徳川宜子(ことこ)、水戸徳川家15代当主・徳川斉正(なりまさ)だ。

宗家:慶喜(よしのぶ)が大政奉還したのは、「水戸黄門」光圀(みつくに)公の影響があったと言われてます。

水戸:水戸の2代・光圀は家康公の孫なのに、わが君主は天皇だと言っています。面白いのは、家康公の孫がそんな発言をしてもとがめられないこと。この尊王思想が、光圀が始めた「大日本史」を編纂(へんさん)するために集められた学者を通じて、幕末まで伝わっていること。大政奉還した慶喜公は、水戸の9代・斉昭(なりあき)の子です。20歳になった慶喜公に斉昭が、絶対に天皇に向かって弓を引いてはいかんぞ、と言い含めたという記録が残っています。慶喜公は、大政奉還は15代将軍を受けたときには決めていた、と言ったそうです。

宗家:「大日本史」は、250年くらいかけてつくるのだからすごい。

水戸:明治39年、祖父・圀順(くにゆき)のときにできあがって、明治天皇に献上しました。御三家はみんな侯爵ですけど、この功績で公爵にしていただきました。

宗家:「水戸黄門」は、テレビにも映画にもなっていますね。

水戸:歌舞伎にもなっています。旧歌舞伎座のこけら落としが「俗説美談黄門記」らしく、それをかついでか、新しい歌舞伎座を設計した隈(くま)研吾さんから「光圀公を知っている木を使いたい」と頼まれて、光圀のお茶室があった山の樹齢400年超の木を伐(き)り出しました。その木は新しい歌舞伎座に使われてます。

尾張:水戸様(水戸徳川家)は「水戸黄門」。紀伊様(紀伊徳川家)は「暴れん坊将軍」やNHK大河ドラマの「八代将軍 吉宗」があります。でも、尾張はメディアに取り上げられることがないんです。ひがんでいるわけではないですよ(笑)。でも結局、一人も将軍が出ていませんし。大河ドラマに取り上げられたこともないですからね。今でも名古屋では、大河ドラマを誘致しようという署名活動をして、NHKに持っていったりしてます。

宗家:尾張様で大河ドラマをやるなら、7代・宗春(むねはる)様が面白いよ。ユニークな殿様で、白い牛に乗っかって、長いキセルをもって、人に曳(ひ)かせて悠々と遊郭に入っていった。元禄(げんろく)というバブルの頂点みたいな華々しい時代のあと、吉宗が贅沢をやめて緊縮財政をしようというときに、まったく反対の政策を宗春様がとった。じゃんじゃん派手にして人を集めて、逆にバブルにしないと経済がもたないと。激しく尾張藩と江戸幕府が対立したんですよ。今とまったく同じ。日銀がどんどんお金を刷りまくれとやる一方で、財務省のように緊縮しましょうという人がいる。歴史は繰り返すのです。

(構成 本誌・横山 健)

週刊朝日  2015年1月16日号より抜粋


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい