有馬家16代当主「家柄否定し、芸者と結婚。ガス自殺を図った直木賞作家の父」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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有馬家16代当主「家柄否定し、芸者と結婚。ガス自殺を図った直木賞作家の父」

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 小説『終身未決囚』で第31回直木賞を受賞した作家・有馬頼義(よりちか)氏。小説家として華々しい経歴を持つ彼だが、私生活は荒れ果てていたと息子の有馬家第16代当主・有馬頼央(よりなか)氏は吐露する。

*  *  *
 親父は、直木賞作家の有馬頼義です。月に1度、東京・杉並の自宅で開いていた若手作家の集まりには、五木寛之さん、渡辺淳一さん、色川武大さんなどが来ていました。松本清張と並ぶ社会派推理小説の巨匠、なんて言われたこともあったようです。ですが、有馬家にとっては、祖父の頼寧(よりやす)や家の伝統的なものをひたすら否定した人でした。

 有馬家は明治以降、3世代続けて宮家と婚姻しました。祖母は北白川宮家から嫁入りしています。そこにも親父は矛盾を感じていたのでしょう。「皇族から嫁をもらって、妾を囲って、カネをじゃぶじゃぶ使って、何が社会運動か」と祖父に言い放ったこともあったほどです。

 一番の反発は、芸者と結婚したことでしょう。私の母です。親父が見初(みそ)めて、一方的なラブレターをたくさん送ったという話です。でもそこは文筆家だから、心動かされる手紙だったみたいですよ(笑)。

 母が気の毒なのは、親父が身請けして結婚するまでのいきさつを『夕映えの中にいた』という小説で書いてしまったこと。有馬家では禁書になっていました。僕が小学1年のときでしたけど、PTAでも好奇の目で見られたようです。

 母はなかなか有馬家に認めてもらえなかった。とくに、祖母が宮家から連れてきたおつきの人たちがひどかった。犬や猫ですら「さん」づけなのに、母は呼び捨てにされたそうです。


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