東尾修 オールスター本当の楽しみは「移動日」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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東尾修 オールスター本当の楽しみは「移動日」

連載「ときどきビーンボール」

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週刊朝日#東尾修
オールスターに出場する広島の選手たち。広島から球団史上最多の8人が選出された (c)朝日新聞社 

オールスターに出場する広島の選手たち。広島から球団史上最多の8人が選出された (c)朝日新聞社 

 プロ野球オールスターゲームに10回も出場したことがある西武元監督の東尾修氏。球宴の本当の楽しみに意外なものを挙げた。

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 ワールドカップも終わって、またプロ野球が賑やかになるな。まもなくシーズンは折り返し。まずは7月18、19日のオールスターだ。盛り上がってほしいよね。

 球宴にはいろんな思い出がある。現役時代はエース同士の意地のぶつかり合い、そして絶対にセ・リーグに負けたくないという思いで戦っていた。

 私が牽制で走者を刺して試合を終わらせた1984年の甲子園での第2戦。この年限りで引退する田淵幸一さん(当時は西武)が同じベンチにいた。実は、9回に私に打席が回ることもあって、監督にも聞こえる大きな声で「田淵さん、僕の代打で行ってくださいよ」と話したんだ。でも、当時の広岡達朗監督(西武)は耳を傾けなかったな。私は、阪神に10年間も在籍した田淵さんを甲子園のファンは見たいだろうと思った。でも、監督は勝利にこだわったのだろう。8回終了時点で1点リード。私がそのまま打席に立った。田淵さんは涙目で、寂しそうな顔をしていた。

 今でこそ、球宴の勝敗はドラフト指名順にかかわってくる。当時はそれがなかったけれど、お祭りムードは試合になれば消えていた。

 新人の時などは、出場しても大先輩たちと話すことすら、おこがましかった。先輩の技術を参考にしたいと思っても、直接聞くのは無理。盗み見するくらいしかできなかったな。その中でスター選手の姿、背中の大きさを自然と見ていた。球宴のステータスの高さも、そう感じさせる要因だったな。何回も出ないと認められないと思ったし、そのおかげで現役で10回も出場できたと思っている。


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