劇団ひとりさんが初めて監督に挑戦した映画「青天の霹靂」で、大泉洋さんは母に捨てられ、父に先立たれた売れないマジシャン・晴夫を演じている。「何をやってもうまくいかない晴夫が、すべてを両親のせいにして長いこと腐ってる感じは僕にはわからないですけど」と前置きしながら、大泉さんは、自分の人生で一番の挫折を「2浪した揚げ句、志望の大学に落ちて、滑り止めで受けた大学に進んだことです」と話した。

「あのときはすごく落ち込んで、大雨の日に、傘もささずに歩いて、『風邪引いて死んだって構わない』とまで思っていました(苦笑)。ただ、僕の場合は晴夫と違って、『このままではダメだ、何かしなきゃ』と思えた。それで、大学にあった演劇研究会に所属したことが、今の活動につながっているんです。当時の僕としては、これ以上ない挫折でしたが、その最低の出来事が、今の僕を支えてくれている。結果論ですけど、腐ったり沈んだりする経験って、特に若い頃は必要なんだろうなと思いますね」

 映画の中では漫才をするシーンやマジックを披露するシーンもある。「コメディーとシリアス、両方を演じられる役者」ということで、大泉さんに白羽の矢が立った。自身の“青天の霹靂体験”について訊ねると、「オファーを頂くときは、今回も含め常に青天の霹靂ですけど、一番ビックリしたという意味では、『千と千尋の神隠し』の、声優のオファーがあったときですね。そんなに大きな役ではなかったですけど、まだ北海道でしか仕事をしていない僕に、お話が来たことに驚きました」

 では今、演じる面白みは、どんなところに感じているのだろう?

「もちろん、自分とは違う人間の人生を辿ることは興味深いですけど、僕の場合は、とどのつまり、人に作品を観てもらって、『面白かった』と言われたいだけなんだと思います(笑)。『笑った』でも『泣いた』でも『腹が立った』でもなんでもいい。とにかく、人に観てほしいからやっているんじゃないですかね。たとえば、すごく面白い台本が来て、『大泉さんに演じてはもらいますけど、公開も放映も上演もしません』と言われたら、やらないです(笑)。演じることがすべてなんじゃなく、演じることで人を楽しませたいんでしょうね」

 完成した映画を観て、大泉さんは、「自分でも恥ずかしいぐらいに泣いてしまった」とか。クライマックスの脚本は、ひとりさんが撮影前日に徹夜で書き直したもの。「(台本の直しは)前日中にください」という大泉さんに対して、「到底無理です」とひとりさんは答えた。そのとき、大泉さんは主演として怒ろうかとも思ったが、あまりの出来上がりのよさに、結局は褒めてしまったそうだ。

 試写のとき、晴夫を生きながら泣いた気持ちと同じ気持ちが蘇り、スクリーンの中の晴夫と同じタイミングで、涙が頬を伝ったという。

週刊朝日  2014年5月30日号