元「法の番人」阪田雅裕氏 「集団的自衛権の行使容認をするなら憲法改正が大道」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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元「法の番人」阪田雅裕氏 「集団的自衛権の行使容認をするなら憲法改正が大道」

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ブルーインパルスの練習機のコックピットで親指を立て、上機嫌の安倍晋三首相=宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地 (c)朝日新聞社 

ブルーインパルスの練習機のコックピットで親指を立て、上機嫌の安倍晋三首相=宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地 (c)朝日新聞社 

 小泉内閣時代に内閣法制局長官を務めた阪田雅裕氏(70)が、集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈の見直しを目指す安倍晋三首相にこう苦言を呈す。

 政府は憲法解釈を変えたことがある。1965年に、それまで文民としていた自衛官を、高辻正己内閣法制局長官(当時)が「自衛官は文民にあらずと解すべきだ」と衆院予算委員会で答弁した。過去に例があるのだから、解釈変更は可能だとの議論がある。

 阪田氏は「このケースは解釈変更というより当てはめの問題ですね。何が文民に当たるのか、実態に照らして判断したのです。9条は日本が武力組織を持つことを想定しておらず、軍人はいないというのが前提でした。その後誕生した自衛官をどう位置付けるか、成り立ちを考えると、『やっぱり軍人とは違う』としたのです。

 しかし戦後ずいぶんと時間がたち、外国の軍隊と遜色のない実力組織になってきた。その組織の一員が文民だというのは常識的ではないので、『文民にあらず』という答弁になりました。これは『文民』の範囲を挟めて、より謙抑的に運用することとしたという点でも、9条の拡大解釈とは趣旨が違います」と言う。

 また04年6月の政府答弁書は、「解釈を変更することが至当であるとの結論が得られた場合には、変更が許されないというものではないと考えられる」としている。この答弁書の存在もまた、解釈変更論者の後ろ盾となっている。

「先ほどの『文民条項』がいい例ですが、解釈を一度決めたら、未来永劫変わらないということではありません。ただ大事なのは、変えるときは国民に『もっともだな』と思ってもらうことです。例えば8割の人が『そう思わない』のであるなら、解釈の域を超えてしまう。なぜ変えないと行けないのか、十分な説明ができること。そして法律論理として、それなりの納得感がなければなりません」(阪田氏)

 安倍首相は2月12日の衆院予算委員会で「私が解釈の最高責任者だ」と発言。その後、軌道修正はしたが、安倍首相の「本音」とみる向きは多い。

「安倍首相が最終責任者であることは間違いありません。しかし国民が全権を委ねているわけではありません。もしそうなら、立憲主義を否定することになります。憲法の枠内で立法も行政も行われるという前提で、この国は成り立っていますから。憲法改正の手続きに従って、新しい国の姿を示していくことが政治の大道だと思います。

 繰り返しますが、憲法解釈を変えることがいけないと言うつもりは全くありません。しかし9条については、これまでものすごい議論の積み重ねがありました。政府は54年の自衛隊創設以来、60年にわたって一貫して同じことを言い続けてきたのです。それを一内閣の判断で、180度転換することはあってはならない。政府が一言『できる』と言ったら、徴兵制ですらできることになります」(阪田氏)

週刊朝日  2014年3月21日号


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