生島ヒロシ 3.11から3年、「なぜ私たちは残されたのか」を問う日々 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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生島ヒロシ 3.11から3年、「なぜ私たちは残されたのか」を問う日々

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生島ヒロシさん(撮影/写真部・岡田晃奈)

生島ヒロシさん(撮影/写真部・岡田晃奈)

 東日本大震災が起きたあの日、フリーアナウンサーの生島ヒロシ(63)さんは妹・喜代美さんを失った。現在の生島さんの胸中とは。

*  *  *
 東日本大震災で、私は母の遺骨と妹夫妻だけでなく、友達や故郷も失いました。そして日本中では2万人近い人が亡くなりました。なぜ私たちは残されたのでしょうか。震災から3年間、その意味を自分に問う毎日が続いています。

 その答えはいまだにぼんやりとしたままですが、ひとつだけ明確にわかっていることがあります。「生かされた私たちは、亡くなった人たちの分まで幸せにならないといけない」ということです。

 残念ながら、あのような悲劇は今後も起きてしまうかもしれません。人の命はある日、一瞬にして奪われてしまうものです。だからこそ、残された私は平凡な幸せこそ大切にして、一生懸命に一日を生きたいと思います。

 また、私たちは震災からいろいろなことを学んで、それを今後の人生に生かさなければなりません。

 震災直後は妹の安否を心配するばかりでしたが、3年たったいま、「なぜ、こうなってしまったのか?」と考えています。

 当日、妹から「地震が起きて東京には行けない」と電話があって、「そんなことはいいから逃げなさい」と妻が伝えたんですが、ここまで大きな津波に襲われるとは想像できなかったのでしょう。未曽有の大地震を目の前にしても、おそらく「死ぬかもしれない」とは感じなかったかもしれません。

 原発の大事故が起こって「想定外」という言葉は禁句のような扱いをされましたが、「想定外の出来事は必ず起こるんだ」ということも、心に刻まなければなりません。

週刊朝日  2014年3月21日号


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