第87回キネマ旬報ベストテンが1月9日、発表された。2013年公開の映画が対象で、日本映画のベストワンに「ペコロスの母に会いに行く」が輝いた。ベストセラー小説が原作の「舟を編む」や「凶悪」などの名作を抑えて選ばれた。

 長崎市在住の漫画家・岡野雄一さん(64)が認知症を患う母を介護する体験を描いた漫画を原作に“喜劇映画の巨匠”森崎東監督(86)がメガホンをとった実写版。昨年11月16日に全国公開されて以降、多くの人が心を動かされ、感動の輪が広がっている。

「なんでこの映画が1位なんでしょうね。自信はまったくありませんでした。ただ、いつもの自分の作品とは違って、いい意味で多面的な作品だなぁという気はしていました」

 ユーモアたっぷりに森崎監督が語る。

「この作品で一番大事にしたのは、人を励ませるかどうかということ。認知症になって非常にショックを受ける人は大勢います。そんな人たちをどうしたら励ますことができるのか。自信はありませんでしたが」

 繰り返される謙虚な言葉とは裏腹に、映画館ではエンドロールが消えた瞬間、拍手が沸き起こることがよくある。励ましは多くの人の胸の奥に届いている。

「男はつらいよ フーテンの寅」や「喜劇・女は度胸」など数々の喜劇映画を指揮した森崎監督にとって「ペコロス――」は25本目の作品だ。だが実はクランクイン前後、自身がある病魔に襲われていることが発覚した。ごく一部の関係者にしか知らされなかった異変、それは映画のテーマと同じ「認知症」だった。薄れゆく記憶のなかで、その不安や恐怖を背負いながら、同じ苦しみをテーマにした映画制作に挑んでいたのだ。

 12年の初めに「血管性認知症の疑いがある」との診断を受けた。

「年齢が上がるとともに、物忘れや記憶力の低下が激しくなっていました。なので医師に宣告されたとき、『やっぱしな』と思ったんですよ(笑)。当然だな、と意外に冷静だった半面、なぜ俺なんだという気持ちも湧き上がり、複雑に交錯していました。寂しさや不安にもさいなまれました」

 大きな衝撃を受けたはずだが、森崎監督は「疑いがあってよかったと思った」とも語る。なぜなのか。

「自分の問題でもある認知症という題材に、真正面から打ち込むことができた。映画で人を励ませたかは疑問ですが、自分が手ごたえを感じるところまではたどり着けました。記憶は人間にとってかけがえのないもの。それが薄れるという現実を突きつけられ、真剣に考えることができたんです」

週刊朝日 2014年1月24日号