脚本家・木皿泉から見る「共依存」の幸せ 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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脚本家・木皿泉から見る「共依存」の幸せ

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週刊朝日#ドラマ

木皿食堂

木皿泉著

978-4575305296

amazonamazon.co.jp

 アメリカの精神医学では否定的に見られている「共依存」。人間関係において、互いに依存しあっている状態だが、心理学者の小倉千加子氏は脚本家の木皿泉を例に、幸せな状態という見方もあるという。

*  *  *
 東京で大阪出身の人に会うと「東京と大阪ではどちらが住みやすいか」という話をよくしたものである。

 大阪出身の人は東京に出てきて親元を離れて住んでいるので、東京と大阪を比較しているつもりでも実際には「親と暮らす」ことと「一人で暮らす」ことを比較している可能性もある。が、大方は「仕事をするなら東京、生活するなら大阪」と考えていた。

 兵庫県出身の脚本家、木皿泉の半身である妻鹿年季子(めがときこ)さんは『木皿食堂』という本で書いている。

「東京はやっぱり、働くところ。神戸に住んでるから、いろんな人に出会ってる。小さい街だから、働いてる人も子供も、商店も住宅も混在している。何してるかわからない人も含めて、身を寄せて生きている。そういうほうが好きなんです」

 妻鹿さんは31歳の時に実家を出て一人暮らしを始めた。家を出るまでお母さんは「掃除や洗濯や料理がどれほど大変なことか」と言い続けたという。しかし、家を出てみると、それらは別に大変ではなかった。母親の見よう見まねで、鰯を酢につけたり、シャコを塩ゆでしたりしていた。一人暮らしなのに、献立は海の家のようだった。

「家で馴染んだ暮らしを急にやめることはできないらしい。家を出たらあれもしたい、これもしたいと思っていたが、結局は似たようなものを食べるし、似たような部屋になってしまう」

 それよりも違和感のあったのは、台所と6畳の小さな部屋だったので、寝ているすぐそばに流しやコンロがあることだったという。まるで台所で暮らしているようだった。夜中に目を覚ますと、こんなところで何をしているんだろうと思ったという。

 人はやがて食べるために生きていかなければならない。一人で暮らすことはその第一歩として台所と向き合うことなのである。

 妻鹿さんの相方の和泉努さんは、妻鹿さんいうところの「知恵袋」である。夫が面白そうな話題を見つけてネタを出し、妻が細部を書き加え、作品を完成させる。「すいか」も「野ブタ。をプロデュース」も「Q10」もそうやって産み出された。

 04年、相方は「頭の血管がパンッて切れて、死にそうになり」、命は助かったが障害が残り、今は全く歩けない。妻鹿さんが毎日世話をしている。

 一度訪れたことのある神戸の木皿泉宅は、玄関を入ると左手に台所が、正面にL字型の食堂があった。食堂は左奥も右奥も壁はすべて本で埋め尽くされていて、相方が「○○の話は××の本に書いてあった」「あそこの壁の何段目に本がある」と言うと、妻鹿さんがすぐに取りだすのである。その日、終始笑顔の妻鹿さんが真顔になる瞬間が一度だけあった。

「私には誰にも負けないものを書く自信がある」

 鳴尾浜に住んでいた頃に母親がよく作ってくれた、新鮮な鰯を刻み生姜で煮たものを最初に相方に作ったところ、相方は妻鹿さんと付き合うとこんなうまいものが食べられるなんて「得やわぁ」と思ったそうである。

 一人暮らしを始めた時に母親と同じものを作っていたのは、いつか母親がいなくなる不安を鎮めるためだったのである。

「Q10 #2015」で、月子はQlOに言う。

「二人でいろんな修羅場、くぐり抜けてきたの。これまでも、これからも、ずっと一緒だよ」

 アメリカの精神医学は「共依存」からの回復を指導しているが、人として生まれて「共依存」になるほど誰かを好きになり、帰る家があることが幸福でないはずはない。

週刊朝日  2013年7月26日号


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