まだある。滋賀県立大の岩坂泰信理事は「ヒ素にも警戒を要する」と言う。ヒ素といえば、粉ミルクに混入して多数の死者を出した「森永ヒ素ミルク事件」(1955年)や、「和歌山毒カレー事件」(98年)などで有名だ。中国ではヒ素を含んだ地層からくみ上げた水が飲料水としても使われているといわれる。水が蒸発するとヒ素がほこりや砂粒に付着して空気中に巻き上げられ、拡散する……一部の研究者の間ではこうした懸念が持たれているのだ。

「中国では経済発展とともに水の需要が高まっています。地下水をくみ上げすぎたため水位が下がり、いままで掘っていなかった深さまで井戸を掘るようになったのです」(岩坂氏)

「春の風物詩」として有名な黄砂も厄介なようだ。洗濯物や車を汚すだけではない。中国の砂漠地帯を起源とする黄砂自体、アレルギー疾患を悪化させるが、最近の研究で、黄砂の一部には砂漠で生息する微生物、すなわち細菌の一種までくっついていることがわかった。長年、黄砂を研究してきた先の岩坂氏によれば、中国の内陸部・敦煌の上空と日本の北陸地方の上空で、それぞれ採取した微生物のDNAを比較したところ、ほぼ同じだったという。

「大気中の微生物は紫外線などによって死滅すると一般的には考えられていますが、ある種の黄砂には微生物が生存するためのミネラルや水分を含んでいるものがあります」(同)

 黄砂のアレルギー疾患への影響を研究している大分県立看護科学大学の市瀬孝道教授もこう指摘する。「黄砂は『生きた微生物を運ぶ箱舟』といわれています」

 市瀬氏によれば、北陸地方で気球を上げて採取した黄砂を調べた結果、キノコ菌の一種が含まれていたという。「動物実験で、この菌がぜんそくやアレルギーを悪化させることがわかりました」(市瀬氏)

 黄砂に付着している別の微生物が、8週間以上もせきが続く「慢性咳嗽(がいそう)」の原因になっているとも疑われているそうだ。

 このほか、牛などの家畜がかかる伝染病・口蹄疫(こうていえき)ウイルスも、海上では250キロも風で飛んだという海外の研究報告もある。黄砂に付着して中国から飛来する可能性を指摘する研究者もいるという。

 中国大陸の東に位置する日本は、中国から偏西風に乗って飛んでくるさまざまな物質の影響を常に受ける運命にある。有害物質の排出における“厄介な隣人”の意識の低さは問われなければならないが、日本においてもまだまだ危機感が足りないようだ。なにしろ、「越境」する汚染物質にどのようなものがあるか、いまとなっても全貌がつかめていない。研究態勢の充実が望まれる。

週刊朝日 2013年5月3・10日号