第68回「春の院展」に入選した作品「水面の呼吸」の前で。長野県の上高地から梓川への支流がモチーフになっている(撮影/写真部・東川哲也)
第68回「春の院展」に入選した作品「水面の呼吸」の前で。長野県の上高地から梓川への支流がモチーフになっている(撮影/写真部・東川哲也)

 日本画の本流を守り抜こうとする若き画家がいる。「奇抜」に逃げず「正統」を歩む、麗しき日本画家、宮下真理子だ。

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 決して奇をてらわない。宮下は、日本画の持つ精神性、技法を正統に継承することを強く意識している画家だ。名門・東京芸術大学に進み、2006年に同大大学院美術研究科の博士後期課程を修了した。学生時代から日本美術院が主催する「院展」で入選するなど実績を積み、05年に日本美術院の院友に推挙された。06年からは大学で非常勤講師を務めるなど多方面で活躍。故・平山郁夫から教わった経験もあり、現在は田渕俊夫らに指導を仰いでいる。

 画家としては若手の宮下が評価、注目されるのは、華やかで端麗な容姿だからではない。地味な作業や勉強をいとわず、愚直なほど作品と向き合っているからに他ならない。

「締め切り前は、アトリエに14時間以上こもって描くこともザラです。集中すると情報を遮断してしまうので、予備校時代には火事なのに避難せず、先生に怒られたこともありました」

 自らが使う絵の具、筆、和紙など画材にも徹底的にこだわる。大学院の博士論文は『「小野雪見御幸絵巻」の料紙と表現技法に関する研究―中世和紙の再現と錯簡・欠損の推定復元を中心として―』。学生時代に古美術の技法、材料、和紙について研究を重ねた。その専門的知識を持って、職人たちと意見交換し、最適な道具を選択している。

「画家は職人さんと共に生きている存在です。職人さんが作る道具や材料がなければ私たちは絵が描けない、つまり生きていけません。逆に絵が売れなければ、職人さんに利益が渡らない。画家を長く続けるためにも、道具や材料に対する深い理解が必要なんです」

 この姿勢は作品の制作様式にも通じる。感性だけで描くことはしない。思考することで、作品の完成イメージを形成していくのだという。

「スケッチの後、必ずその絵を言語化する作業をします。目に見える情報を捨象することで『見えない美しさ』が抽出され、完成形が想像できるようになるからです。想像できないことは形にできません。時にはこれを何回も繰り返します。だからこそ、本画に入ったら迷わず、描くことだけに没頭できるんです」

 作品に情熱を注ぐために「考え抜く」鋭利な思考は、芸術家のたぎる血を発火させる“着火剤”のようなものなのかもしれない。

「私の画家としてのピークは80歳以降かもしれません。地道に努力して、そのときに最高傑作が描けたら幸せですね」

 冷静に未来を見つめるその瞳には、ゆるぎない自信も宿っているようにみえた。

週刊朝日 2013年4月26日号