イラストレーターの松尾たいこ氏が、本年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した「シュガーマン 奇跡に愛された男」について語った。

*  *  *

 まず「予備知識なしで見てよかった!」と思いました。ドキュメンタリーなのにおとぎ話みたいで、いままでに見たドキュメンタリーのなかで3本の指に入る気がします。

 1967年に米・デトロイトでデビューしたミュージシャン、ロドリゲス。ボブ・ディランと比較されるほどの才能があったのに、商業的にはまったく売れず姿を消してしまった。でも70年代に彼の音楽が、実は南アフリカで大人気になっていたんですね。映画は「彼がいまどうしているのか?」を追うのですが、「ステージ上で銃で頭を撃ち抜いた」とか伝説がいろいろあって。でも事実のほうが伝説よりすごくて驚いちゃいました。

 見ながら大好きな映画「フィッシュストーリー」を思い出しました。売れないバンドが一生懸命自分たちの伝えたいものを書いて、でも結局売れなくて、最後の録音で「俺たちの歌って、いつか誰かに届くのかな」って言うんです。歌も絵も同じで、そのとき届かなくても、もしかしたらいつか誰かに届くかもしれない。そういうことが“現実”にあるんだと本作は教えてくれます。もちろん独りよがりでレベルの低いものを作っちゃいけないけれど、彼の歌はいま聴いてもすごく響きますから。

 それに見終わって「ああ、人生をちゃんと生きよう」って思ったんです。ロドリゲスはすごく芯の通った、しっかりした根っこのある人だと思うんです。売れない状況はショックだったでしょうが、そのことを静かに受け入れている感じ。最初から目的が「スターになって、もてはやされたい」ではなく「伝えたい」だったのかな、と。私もイラストレーターとして最初は全然売れなかったし、いまでも不安になることがあります。でもそういうときに根っこをちゃんと持っておけばそんなに弱くならずにすむかもしれない。そういう人間になりたい、と思いました。少しとっつきにくそうに思われるかもしれませんが、こんなに感動するドキュメンタリーはないです。見ないともったいないですよ。

週刊朝日 2013年3月22日号