検察の「裏ガネ」が育てた日本の公費天国 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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検察の「裏ガネ」が育てた日本の公費天国

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 大阪地検特捜部の証拠改ざん事件について大林宏・検事総長(63)は10月21日の記者会見で、「前代未聞の事態に至り、国民の皆様に深くおわびする」と謝罪した。

 この「前代未聞の事態」という表現に私は強い違和感を覚え、苦笑した。8年前の「三井事件」を、もはやお忘れなのだろうか?

 検察内部の組織的な裏ガネづくりを告発しようと準備していた三井環・大阪高検公安部長(66、肩書は当時)が大阪地検特捜部に逮捕されたのは、2002年の4月22日のことだった。その日、記者会見した森山真弓法相(当時)はこう述べた。

 「前代未聞のこと。他人の刑事責任を追及すべき検察幹部としてあるまじき不祥事で誠に遺憾だ」

 大林検事総長は当時、法務省大臣官房長であり、「前代未聞」を強調した大臣談話を承知していただろうし、「三井事件」の経緯も把握していたはずである。

 本誌10月29日号から始まった西岡研介氏と本誌取材班による3回の連続リポートは、大阪地検特捜部による証拠改ざん事件の原点が8年前の「三井事件」にあり、前代未聞の事態を引き起こしたのは三井氏ではなく、三井氏の口を封じようとした検察当局だったことを生々しく指摘している。検察幹部にとって「三井事件」は思い出したくもない暗部であろう。しかし、仮に最高検が"健忘症"にかかったフリをしようとも、「西岡リポート」にはそれを許さない迫力がある。

 先月18日の参議院決算委員会で、前原誠司外相は海外公館が保有しているワインの「過剰在庫」分を売却することを明らかにした。

 海外の51公館が1本2万円以上の高級ワインを4千本以上保有しており、うち4公館では賞味期限切れとなったとして909本を廃棄したことが会計検査院の調べで発覚したことを受けての答弁だった。

 血税を一円でも無駄にしないという感覚が根本から欠けている実例の一つだが、官公庁の公金不正と税金の無駄遣いは果てしのない状態だ。特に裏ガネを捻出するための組織的な不正経理が長年にわたって横行してきたことは見過ごせない深刻な腐敗である。

 31年前の1979年、朝日新聞東京本社社会部が「公費天国」キャンペーンに取り組み、日本鉄道建設公団をはじめ環境庁(現環境省)など官公庁の組織的な不正経理が次々に発覚したことがあった。それ以降、中央官庁、官僚天下り先の外郭団体、都道府県庁や市町村などの地方自治体に加え国立大学などで絶え間なく不正経理が表面化してきた。

 不正な経理操作で公金を裏ガネ化して予算科目の目的外に使う行為は、虚偽公文書作成、業務上横領、詐欺などに該当する犯罪であり、血税を不正に使うという点で納税者に対する許し難い背信でもある。

 鉄道建設公団以降、こうした官公庁の不正経理が発覚するたびに検察庁に刑事告発する動きが相次いだのは当然のことだった。しかし、検察当局はこれをことごとく不問にした。

 不起訴の理由として検察は、次の2点をあげるのが常だった。

 (1)長年の慣行である。 (2)私的利益は得ていない。

 東京地検特捜部は97年春以降、野村証券などの大手証券や銀行による総会屋への利益供与事件を摘発した。実のところ、総会屋への企業からの利益供与も長年の悪しき慣行だったが、検察は強硬姿勢で臨んでいる。

 また、「私的利益は得ていない」ということを"免罪符"にしているが、検察が徹底した捜査によって私的流用の有無を確認したという話を聞いたことがない。かつて私が入手した愛知県警総務部の「裏帳簿」には、「部長、盛夏ワイシャツ代」などの私的消費がハッキリと記載されているのだから、検察の言い分は相当に疑わしかった。

 私は「公費天国」取材班に加わったのがきっかけとなって、都道府県庁の食糧費の乱脈、96年からは警察の裏ガネづくりの追及に取り組んできたが、官公庁の公金不正にそっぽを向く検察の異常な対応に疑念を抱くようになった。

 99年初め、法務・検察の内部からと見られる匿名の告発文書がマスコミ各社に郵送された。その一部を紹介すると--。

 「法務・検察は組織的に公費から捻出した裏金で特定のポストについた者の私的な遊興・享楽的費用を賄っている。全国の検事正以上の者はもれなく裏金で私的な飲食・遊興費の支払いをさせており、腐敗しきっている。裏金の原資でもっとも罪深い予算科目が、内部で『調活』と呼ばれている調査活動費である。架空の情報提供者に支払ったように装い経理書類を捏造・偽造している。こうした支出手続きは犯罪そのものである」

 ●「法の正義」より「組織防衛」優先

 内容は詳細を極め、調査活動費の不正に関与した法務・検察首脳の実名まで明記してあったが、「匿名文書」では否定されたらそれまでであり、記事化は見送った。

 その2年後、月刊誌「噂の真相」(現在は休刊)に検察の裏ガネづくりを告発する記事が掲載された。検察の裏ガネ疑惑が活字になったのは、私の記憶ではこれが初めてだった。

 この記事の筆者は当時、同誌の記者をしていた西岡研介氏だった。西岡氏とは以前から面識があり、私は記事中で登場する検察幹部を紹介してほしいと頼み、それをきっかけに大阪高検公安部長のポストにあった三井氏に会った。

 三井氏は「内部告発文書はすべて事実だ」と断言した上で、自分の体験をあけすけに語ってくれた。以降、半年間にわたって三井氏と秘密裏の接触を続け、いよいよ実名告発の決意を固めた三井氏と02年4月19日午後、大阪市のホテル日航大阪で詰めの取材を行った。

 国会で裏ガネづくりの全容を証言し、記者会見の席で検察官バッジを外すというパフォーマンスまで考えているという。これを実行に移せば、検察は計り知れないほどの打撃を受けるだろう。何か反撃の手を打ってくるかもしれない。その時、三井氏と次のようなやりとりをしたことを思い出す。

 「国家公務員法の秘密漏洩ではヤブヘビになるので検察は手を出せないでしょう。でも、別件という奥の手もありますよ。三井さん、叩かれてホコリが出るようなことは?」

 私が冗談めかして言うと、三井氏は快活に言い切った。

 「いくら探したって、そんなものありゃせんわ」

 3日後の22日、三井氏はその別件で逮捕されてしまった。このころ、大阪地検特捜部は三井氏の動きを察知して密かに動いていたのだという。

 私は三井氏の逮捕容疑を聞いて絶句した。

「所有権移転登記にかかる登録免許税の軽減税率適用を受けるために虚偽の転入届を区役所に提出して、税の軽減に必要な証明書を騙し取った」というのである。

 仮にこれが事実だとしても文字通りの微罪である。これほどの微罪で高検公安部長という現職の幹部検察官を逮捕するというのは異様な事態であり、私はこの一事をもって検察権力を悪用した「口封じ」と受け止めた。

 最高検などの検察幹部がいかに三井氏による実名告発を恐れたかを物語っているのだが、準備不足のまま意図が見え見えの強権発動に走ったのは稚拙に過ぎる。なぜ検察はこうまで焦ったのか。

 逮捕された22日午後からテレビ朝日「ザ・スクープ」の録画取材が予定されていた。検察はこれを生放送と勘違いし、放送される前にその遮断を狙ったのではないかといわれている。

 本稿冒頭に触れた「西岡リポート」の核心部分は、今回の改ざん事件で逮捕された大坪弘道・前大阪地検特捜部長(57)が、特捜部の検事時代、組織の命を受けて三井氏に収賄容疑をなすりつけ口封じをするために暴力団関係者の調書を捏造した疑いがあるという点にある。

 最高検は大坪前特捜部長ら3人を逮捕・起訴したことで今回の改ざん事件捜査を終了させようとしているが、情報公開制度を使って検察の調査活動費不正を長年追及してきた仙台市民オンブズマンの小野寺信一弁護士はこう指摘する。

 「(大阪拘置所に勾留中の)大坪前特捜部長が弁護士を通じて発表した談話が新聞に載っていましたが、あの中に『一片の私心もなかった』という言葉が出てきます。これは重要なキーワードではないかと思います。なぜかと言えば、自分たちの特捜を守る、検察を守ろうとして最善のことをやったという確信が彼にはあるのでしょう。その確信がどこから出発したかというと、エポックはなんといっても『三井事件』だろうと思います。大坪前部長にとって一種の成功体験なんですね。『法の正義』よりも『組織防衛』を優先させる検察の体質を体得したのではないでしょうか。ですから検察の再生には『三井事件』や調査活動費流用疑惑を含めて徹底的にうみを出す必要があると思います」

 前述したように公金不正は、官公庁の隅々にまで広がっている。検察の黙認によって、刑事罰を問われることはないという安心感が腐敗・腐食を拡大してきたと言わねばならない。数年前から警察が不正経理で県庁職員を逮捕する例が出ているが、いずれも末端公務員を個人犯罪として摘発したもので、組織悪には法のメスが入っていない。

 ●脱税は"厳罰化"、公金不正は黙認

 一方で検察は脱税を「社会公共の敵」と位置づけて摘発にことのほか厳しく臨んでいる。

 5万人を超すスタッフを擁する国税当局が企業や個人の経済取引や資産内容に目を光らせ、悪質な脱税には検察と協力して摘発に当たってきた。警察も、捜査過程で得られた不審なマネー情報を国税に「課税通報」する。税金の無駄遣い監視が本来の役割の会計検査院まで、「租税検査課」を置いて税の徴収漏れをうるさくチェックしている。

 この国の官僚機構は税金の取り立てにはかくも綿密なのだが、これでもまだ不足と言わんばかりに今年6月から脱税の罰則を格段に重くしている。税法改正によって最高刑をこれまでの懲役5年から2倍の懲役10年に引き上げているのだ。脱税罪の法定刑引き上げは29年ぶりだという。

 財務省幹部は脱税の罰則強化について「税負担を逃れる行為に厳しい姿勢で臨まないと、負担増への国民の理解は得られない」と述べたと新聞が伝えている。

 財務省は消費税増税に執念を燃やしており、それをにらんでの発言のように聞こえる。国民から税を取り立てることしか念頭にない財務官僚の口からは、「官公庁の不正経理や無駄遣いに厳しい姿勢で臨まないと負担増への理解は得られない」というセリフは、金輪際出てこないだろう。

 国民の納税意欲を著しくそぎ、亡国につながりかねない官公庁の公金不正。その刑事責任を厳しく問うことが検察の使命であり、最優先課題であることは、もはや論をまたない。その使命と責任を果たすためには自らの組織内に溜まったうみを摘出することが大前提になる。

 検察再生への課題はすでにハッキリしている。「三井事件」の再検証と不正経理疑惑の徹底解明である。検察にとって激しい痛みを伴うかもしれないが、その覚悟なくして再生はない。

 柳田稔法相は最高検の捜査とは別に検察組織のあり方を見直すため、外部の有識者を入れた法相の諮問機関として「検察の在り方検討会議」を設置することを決めている。この「検討会議」の動きを注視したいが、もし小手先の組織いじりで事足れりとするならば、検察への国民の信頼回復はとうてい覚束ないだろう。

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おちあい・ひろみつ
 ジャーナリスト。1941年、東京都生まれ。産経新聞を経て、70年朝日新聞社入社。主として大蔵省、国税庁を担当。官公庁の公費乱脈や建設業界の談合を追及した調査報道にも携わる。編集委員などを歴任し、03年退社。著書に『徴税権力─国税庁の研究』(文藝春秋)など

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