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「ミガキイチゴ」の挑戦は続く──東日本大震災から9年、ヒトを軸にした被災地復興・地方創生の現在

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飯田一史dot.
「食べる宝石」をコンセプトとしたイチゴのブランド「ミガキイチゴ」。 品種だけでなく、技術、製法、品質基準による果実の違いをブランド化

「食べる宝石」をコンセプトとしたイチゴのブランド「ミガキイチゴ」。 品種だけでなく、技術、製法、品質基準による果実の違いをブランド化

 2019年スタートながら東京都内に7店、宮城県に1店を構えるストロベリーカフェ「いちびこ」。女性から高い支持を得るこの店で使用されているのは、宮城県山元町産の高級ブランドイチゴ「ミガキイチゴ」だ。

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 この宝石のように輝くイチゴの値段は、1粒なんと1000円。生産しているのは「農業生産法人GRA」で、創業者は最新テクノロジーを駆使したIT農業のカリスマ経営者として知られる岩佐大輝氏(42)である。

 GRAは、2011年3月11日に岩佐氏の故郷・宮城県山元町が津波により大きな被害に遭ったことをきっかけに、地元の産業であるイチゴの農業を復活させ、山元町の看板とすることを目指して立ち上げられた(農業生産法人のほか、同名の株式会社とNPOもある)。

 農業を通して「10年、100社、10000人の雇用機会を創出する」を掲げて設立されたGRAがなぜ直営のイチゴスイーツカフェを高速出店しているのか? そこに至る流れと、9年目を迎える東日本大震災の被災地復興・地方創生の現在を訊いた。
岩佐大輝(いわさ・ひろき)/1977年、宮城県山元町出身。大学在学中の2002年にITコンサルティングを主業とする株式会社ズノウを設立。東日本大震災後は特定非営利活動法人GRAおよび農業生産法人GRAを設立。先端施設園芸を軸とした東北の再創造をライフワークとする。日本およびインドで5つの法人のトップを務める

岩佐大輝(いわさ・ひろき)/1977年、宮城県山元町出身。大学在学中の2002年にITコンサルティングを主業とする株式会社ズノウを設立。東日本大震災後は特定非営利活動法人GRAおよび農業生産法人GRAを設立。先端施設園芸を軸とした東北の再創造をライフワークとする。日本およびインドで5つの法人のトップを務める

■「農業の進化」と「雇用の創出」

 GRAは2011年の創立以来、農業を資本市場に認められるようなビジネスに進化させることと、新たに経営体(事業者)を複数輩出して地域に雇用を生み出すことを目標としてきた。

 今ではGRAだけで正社員25名、パートも入れると100人超の働き手となる、人口約1.2万人の町においては大きな会社になった。GRAは数億円を投資した先端農場を持ち、単位面積あたりのイチゴの収穫量が日本平均の倍、質の面でも販売単価は平均の倍という驚くべきノウハウを構築してきた。このノウハウを1年で学び、山元町で独立してもらう新規就農支援事業も2017年からスタート。これまで9つの法人・個人が生まれ、9つ合わせるとGRAを超える規模になる。2020年にはさらに7つの経営体が生まれる予定だ。

 GRAと新規就農者のイチゴを安定的に販売するため、ミガキイチゴブランドは高級百貨店などの販路に加えて、イチゴ100%使用のスパークリングワイン「ミガキイチゴ・ムスー」、白いちごエキスを配合したコスメなどの加工品、直営のイチゴスイーツカフェ「いちびこ」へ多面展開。さらにGRAは山元町以外にインド、ヨルダン、マレーシアという気候が異なる地域にも生産ノウハウを輸出し、世界に山元町とミガキイチゴの名を知らしめるべく、実証実験用の生産拠点を持つ。


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