相模原障害者殺傷事件 死刑が確定した植松聖が記者の「最後に伝えたいことは」に返した意外な言葉 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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相模原障害者殺傷事件 死刑が確定した植松聖が記者の「最後に伝えたいことは」に返した意外な言葉

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植松聖死刑囚が当時、衆院議長公邸に持参した手紙の文面 (c)朝日新聞社

植松聖死刑囚が当時、衆院議長公邸に持参した手紙の文面 (c)朝日新聞社

 神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」での大量殺傷事件で、死刑判決が確定した植松聖死刑囚(30)。植松死刑囚と19回もの面会を重ね、取材を続けてきた朝日新聞横浜総局の神宮司実玲記者は、事件の詳細をまとめた『相模原障害者殺傷事件』(朝日新聞取材班・著、朝日文庫)でも文章を寄せている。神宮司記者が事件を振り返る。

【植松被告が描いたイラストはこちら】

*  *  *
 植松死刑囚に対する死刑の判決が確定するまでに、19回面会して取材した。植松死刑囚は私の4歳年上。他愛のない雑談から、同時代を生きる普通の若者に見える瞬間もあった。なぜあれほどの事件を起こしたのか、最後まで不可解な部分が残った。

 事件直後のことだ。植松死刑囚は警察に出頭し、逮捕された。護送する車が新聞社やテレビ局のカメラマンに取り囲まれ、植松死刑囚はカメラに向かって笑みを浮かべた。短い金髪と不敵な笑みが強く印象に残っていた。

 2019年1月。私は初めて、横浜市港南区の横浜拘置支所に面会に行った。係官に案内されて狭い面会室に先に入り、護送中に撮られたあの顔を思い返しながら待った。

「きょうはありがとうございます」

 面会室に入ってきたのは、長く伸びた黒髪を後ろで束ねた青年だった。透明の仕切り板越しに深々と頭を下げ、こちらが席に着くのを見届けてから腰を下ろした。写真のイメージとはまったく異なる礼儀正しさに、あっけにとられた。

――衆院議長に手紙を出したのはなぜか
「いい考えだと思ったからです」

――返事はなかった
「はい。『いいひらめきだな』と思ったんです。ニュースを見る中で、お金が稼げるので株に興味があって、それで世界情勢とかをみていてひらめいたんです」

 植松死刑囚はこんな具合に、質問にすらすらと答える。だが事件に関する説明は飛躍が大きく、現実感に欠け、まるで録音が流れているような、あるいは、台本をそらんじているような感じがした。

 事件を起こした理由を尋ねると、「お金がもらえると思った」と言う。「結びつかないし、飛躍しているのでは」と突っ込むと、「深く考えていなかった」と返してきた。深く考えずにこれほどの事件を起こすことがあり得るだろうか。だが本心を隠しているというよりは、本当に深く考えていないように、私には思えた。

 植松死刑囚は、自分の命さえも、軽く見ているようだった。


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