内閣府へ制度の見直しを求める要望書を提出した「介護・保育ユニオン」の担当者と保育士たち(筆者撮影)
内閣府へ制度の見直しを求める要望書を提出した「介護・保育ユニオン」の担当者と保育士たち(筆者撮影)
「本来もらえるはずの保育士給与」(筆者作成)
「本来もらえるはずの保育士給与」(筆者作成)

「保育士の人件費や園児のために使うはずの費用が削られて、事業者の利益に回っている」

【表】筆者が独自試算した「本来もらえるはずの保育士給与」

 7月13日、厚生労働省の記者クラブで会見した保育士たちが疑問を呈した。この日、個人加盟できる労働組合「介護・保育ユニオン」が保育士3人と記者会見に臨み、保育士の置かれる状況を訴えるとともに、給与がなぜカットされるのか、その根本原因について問題提起した。

 記者会見では、ユニオンに加入した30代の保育士のAさん(仮名、男性)が、自身の給与額の低さについて言及した。筆者が独自試算して記事掲載した、「本来もらえるはずの保育士給与」と比較しながら、「私は11年の保育士経験があり、リーダー役を務めているが、2019年度の年収は約360万円だった。国は、経験7年以上の保育士に年に463万円の給与分を出している。差が100万円にもなるのは、事業者が保育園を次々に新設して事業拡大するために、保育士が受け取るはずの給与を回しているからではないか」と憤った。

 なぜ、このような給与カットが起こるのか。ユニオンは、「委託費の弾力運用」という制度が原因になっていると訴える。

「委託費の弾力運用」とは、私立の認可保育園にかけられているルールで、運営費用を指す「委託費」の使途制限を規制緩和したものとなる。委託費は人件費、事業費(保育材料費や給食材料費など)、管理費(福利厚生費や業務委託費、土地・建物の賃借料など)で構成されて、必要な金額が「積み上げ方式」で計算されて保育園に支給される。人件費が8割、事業費と管理費はそれぞれ約1割と国は想定している。

 認可保育園に株式会社の参入を許した2000年以前は「人件費は人件費に」と使途制限があったが、株式会社の参入と同時に委託費の流用を可能にした。積み立てや施設整備費、同一法人が展開する他の保育施設や介護施設、保育事業などにも、年間収入の25%まで流用ができるため、結果、人件費が他に回されてしまい、保育士の給与が低くなる一因になっている。
 
 この問題が、新型コロナウイルス禍での保育士の不当な給与カットとして露呈した。コロナの感染拡大によって4月に緊急事態宣言が発令されると、保育園は「臨時休園」あるいは「利用の自粛要請」が行われ、登園する園児が1~3割程度に減少。すると、園児に見合う保育士数で保育が実施されて、保育士によっては自宅待機命令を受け休業していた。

 その際、認可保育園などには、「コロナ後も保育体制が維持できるように」と、国が運営費用を通常通り支給する特別措置を図っていた。にもかかわらず、事業者側は「ノーワーク・ノーペイ」として、休業補償を十分にせず、無給、あるいは労働基準法違反にならない6割補償という例が後を絶たなかった。

 これは、日頃から人件費を他に流用して満額使わなくてもいいという認識が事業者に広がっている現れだ。公費で人件費が満額支給される一方で休業補償を抑えれば、その分が利益になる。介護・保育ユニオンは、これを”休園ビジネス”と呼び、批判の目を向けている。

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小林美希

小林美希

小林美希(こばやし・みき)/1975年茨城県生まれ。神戸大法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年からフリーのジャーナリスト。13年、「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。近著に『ルポ 中年フリーター 「働けない働き盛り」の貧困』(NHK出版新書)、『ルポ 保育格差』(岩波新書)

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