没後30年“昭和の歌姫”美空ひばり 記者をゾワっとさせた名言とは? (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

没後30年“昭和の歌姫”美空ひばり 記者をゾワっとさせた名言とは?

このエントリーをはてなブックマークに追加
今市新之助dot.
1988年、東京ドームで開かれた復活コンサートで歌う美空ひばり (c)朝日新聞社

1988年、東京ドームで開かれた復活コンサートで歌う美空ひばり (c)朝日新聞社

 昭和の大スター・美空ひばりの没後30年となる今年、関係者が綴った秘話などが出版され、歌謡番組では特集が組まれるなどにわかにイベントが増えている。命日の6月24日には横浜市内の日野公園墓地で30周年の法要が執り行われ、数百名のファンが駆けつけるなど、今もその伝説的な人気は健在なようだ。

【写真特集「美空ひばり伝説」】デビュー当時の写真から療養、復活までを振り返る!

 エンタメウォッチャーの中村裕一氏は、彼女の偉大な功績についてこう語る。

「安室奈美恵、浜崎あゆみ、宇多田ヒカルなど、今では多くの女性歌手が“歌姫”と呼ばれていますが、彼女たちが束になっても叶わないほどの才能とスケールを持った、まさに日本芸能界における元祖“歌姫”と言える存在です。『悲しい酒』『柔』『真っ赤な太陽』などの国民的ヒット曲を連発し、女優としてもたくさんの映画に出演。日本の戦後復興および高度経済成長期に彼女の歌声を聴いて育った70代、80代にはいまだに絶大な支持を誇っています。晩年はとんねるず(石橋貴明・木梨憲武)とも親交が深めたり、ラストシングル『川の流れのように』は秋元康さんが作詞を担当するなど、若い世代とも積極的に交流していました。52歳という若さでこの世を去りましたが、価値観が多様化してしまった現代では彼女のようなカリスマ的存在はおそらくもう二度と出てこないでしょう」

 時代を超えて残る歌声や伝説の数々。昭和の時代のような大スターが減ったと言われる昨今だが、なぜ彼女の存在は語り継がれ続けるのか。 当時、取材をしていた年配の芸能記者はこう証言する。

「私が取材を始めたときはすでに、ひばりさんは大スターでした。その頃、レコーディングといえばフルオーケストラでしたが、ひばりさんはそれを1発録りでOKを出してしまう天才でしたね。当然、演奏スタッフたちはミスができないので緊張でガチガチな中で、私のような駆け出しの記者は、その雰囲気に圧倒されたものです。ご本人は本当にかわいらしい方で、われわれ取材陣にも気遣いをしてくださり、義理にも厚い方でした。ホテルの宴会場で関係者だけを招いた食事会なども頻繁に開いておられましたね。それに参加できたことが今でも芸能記者生活で最大の思い出です」


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい