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時代を超えて“王道”を歩み続けた渡辺麻友がアイドル界にもたらしたもの

連載「芸能界閻魔帳」

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三杉武dot.
2017年6月、「AKB選抜総選挙」で2位だった渡辺麻友(左)(c)朝日新聞社

2017年6月、「AKB選抜総選挙」で2位だった渡辺麻友(左)(c)朝日新聞社

「なんてたってアイドル」だった渡辺麻友の笑顔(2017年6月の「AKB選抜総選挙にて(c)朝日新聞社

「なんてたってアイドル」だった渡辺麻友の笑顔(2017年6月の「AKB選抜総選挙にて(c)朝日新聞社

 卒業コンサート「渡辺麻友 卒業コンサート~みんなの夢が叶いますように~」を10月31日、さいたまスーパーアリーナで行った「AKB48」の渡辺麻友。

【写真】「なんてたってアイドル」だった渡辺麻友の笑顔

 渡辺は2006年に3期生オーディションに合格し、「AKB48」に加入すると、約11年間にわたってグループを支え続けて来た。
 前田敦子や大島優子ら、「AKB48」が東京・秋葉原のローカルアイドルから国民的アイドルへと飛躍する創生期の主力メンバーである“神7”、その現役最後のメンバーだ。

 そして、“時代を超えた王道アイドル”としてAKB48グループの屋台骨を支え続けて来た。

渡辺は13歳でのデビューから現在に至るまで約11年間、ステージ上はもちろん、私生活に至るまでトップアイドルとして歩み続けて来た。

 「AKB48」がブレークした2009年以降、「週刊文春」をはじめ、複数のメディアがトップアイドルである彼女のスキャンダルをキャッチしようと水面下で取材攻勢をかけていたことは、仕事上付き合いのある週刊誌の記者やカメラマン、編集者といった当事者から直接耳にしていたが、それと同時に「渡辺麻友にはお手上げ」といったボヤキを何度となく聞いた。

 そのたびに、彼女のアイドルとして生きることへの情熱、責任感、プロ意識の高さに尊敬の念すら抱いたものである。
 
 個性豊かなメンバーたちが次々と活躍を見せるAKB48グループの中で、長きにわたってひたむきに王道を歩む渡辺の存在が時に薄らぐこともあったが、他のメンバーの個性が輝きを放つことができたのも、時代や社会状況の変化をものともせず、ぶれることなくストイックなまでに王道アイドルを貫き通した“時代を超えたアイドル”が、自身の生き様によってアイドルという存在そのものの根幹を守り続けて来たからだ。
 
 さまざまなジャンルの芸能人の中でも、その存在意義をイメージにゆだねるところが大きいのが「アイドル」という職業だ。

 アイドルの中にはアーティスト以上に歌唱力に優れている者や俳優、女優以上に演技力に長けている者、芸人以上に他人を笑わせる能力に恵まれている者もいるが、アイドルである以上、前提として重要視されるのは存在そのものの魅力であり、イメージである。

 しかも、過去も含めてその成長過程をもファンが楽しむアイドルは“点”ではなく“線”として、生き様そのものに魅力を感じるファンも多く、そのぶん私生活にもアイドルらしさを求められる傾向が強い。
 
 こうしたアイドルの過酷さ、それでもアイドルとして生きることの喜びを歌の世界で表現したのが、作詞家で稀代のアイドルメーカーでもある秋元康氏が作詞を手掛けて、1980年代のトップアイドルの小泉今日子のヒット曲となった『なんてたってアイドル』だ。

 ネットの普及などにより、芸能界による“情報統制”というバリアーの効力が格段に薄れ、スマホのカメラ機能やツイッターなどのSNSを使って誰もが簡単に情報を拡散できるようになり、芸能人のスター性や神秘性が成立しづらくなった現代において、アイドルの置かれた状況は80年代とは比較にならないほど厳しいものになっている。


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